ツンデレ王子とメンヘラ姫のペット契約

焼き鳥

今日は金曜日で屋台はいつもの通り、とても混み合っていた。

ひなこと美織の隣もお客さんがおり、賑やかだった。いつもの通り、廉さんは屋台の中におり、注文を取っては、お客さんと話していた。

廉さんは頭の回転が速く、愛想がとても良い。ひなこは営業などの仕事に就いたら無敵なのではと思うが、どうやら廉さんはここが性に合っているらしい。いつもひなこをいじってお茶目に笑う。大きい涙袋に、下唇が分厚い、口元のほくろはエロく、ひなこの理想にぴったりである。廉さんも半年前に彼女と別れているので、ひなこはちょうどよいと思うが、廉さんは意外にモテており、セフレがいつもいる。

ひなこは何度もアプローチをするが、まともなデートに行けたこともなく、至って空振りである。美織はそんなひなこの姿を見て、あんたは積極的すぎるんよと言われるが、それはひなこの性分なので言われても困るといった風である。

「ほら、焼き鳥」と廉さんがひなこの前に焼き鳥を置いた。「お前、ほんと食い過ぎな」といつものにかっとしたかっこいい笑顔を向けられ、ひなこはドキドキするが、「お腹すいてるんだもん」とさっき野菜巻きを食べたばかりなのに、また焼き鳥にかぶりついた。

「あら、姉ちゃん。良い食いっぷりだねぇ」と隣のおじちゃんが話しかけてきた。この手のことはひなこと美織はいつものことであり、二人は割と人気だ。廉さんにたまに「盛り上げて」と言われ、営業じみたことをしたこともある。

ひなこがおじちゃんに愛想良く「CM見たいでしょ」と返すとおじちゃんは笑顔になった。すると、おじちゃんの隣から「すみません」と一際目立つ顔で言ってきた。おじちゃんは「いやほんとに良い食いっぷりだったんだよ」とその人に話すと、「絡まれて困ってますから」とその人は至極当然のことを言っていた。

ひなこは「いいんですよ。いつものことですから」と言うと、その人は「すみません」とやはり謝り、この人は気が弱いのかなと失礼なことを思った。

おじちゃんはそれから威勢よく話すので、ひなこはすぐに仲良くなった。

「この子、キャバで働いているんですよ」と定番のネタで笑いを取り、もちろん美織もノリがいいので、「キャバと経理を掛け持ちしてます」と冗談を言った。美織は人目を引く顔立ちをしており、声を掛けられることもしばしばある。ひなこはそんな経験ほとんどないので、羨ましく思っていた。

しばらくおじちゃんと話していると、「もっと飲みな。俺が出すから」と気前のいいことを言った。ラッキーとひなこは思うが、今日はあいにく、車で来ており、残念だなと思う。

やがて、ひなこはお酒がなくても人一倍盛り上げ、奥に座っていた人とも仲良くなった。おじちゃんが「イケメンでしょ」と言うので、「めちゃめちゃそうですね」とひなこは相づちをうち、どこか真摯な彼の横顔にときめいた。「小日向くん(こひなたくん)は独身だからどうね?」と方言がかった言葉で言われ、ひなこはもちろんと手を上げて、大きな声で「立候補しまーす」と言った。小日向さんは嬉しそうに笑っていたが、隣の美織から、「あんた廉さんはいいの?」と言われるが、「どうせかなわないもーん」と言って、小日向さんの方を向いた。

おじちゃんはしきりに、「小日向くん、席変わるかい?」と勧めていたが、火の元の近くに取引先の取締役を座らせるわけにはいかないと、決して変わらなかった。小日向さんはおじちゃんこと矢田さん(やださん)のことを金持ちだと言い、たくさん女の人を知っていると言った。ひなこはきっとその人たちはお金をもらっているだろうと思って、自分もその一人に加えて欲しいなと思った。

話は会社の話になり、矢田さんは名刺をくれた。建築会社の取締役と本当に書いてあり、一級建築士と記載があったので、これはすごいと思った。さらに、矢田さんはひなこのノリが良かったので、「うちの会社においでよ」としきりにひなこのことを誘っていた。

ひなこは、小日向さんにも「名刺くださいよ」と言うと、小日向さんも名刺をくれた。隣の美織もちゃっかりもらっていた。名刺には分からない会社の名前が書いてあり、建築の資材関係だと言っていた。営業二課の係長と名前の横に書いてあったので、こちらもなかなかいいのでは?と思った。あとで調べると、そこの会社は中堅の商社だと分かり、驚いた。

四人で盛り上がって話していると、段々小日向さんのことが分かり、営業にしては会話のテンポが悪いなと思った。若者相手にびびってるのかとも思ったが、矢田さんはさすがの返しである。

ひなこはそれをいじり、「ツッコミが弱いですよ」としきりに言うと、「君、言うねぇ」と言い、段々ノリに乗ってきた。そして、ひなこをいじり返すようになり、廉さんに「こいつの扱い方分かってきました?」と言われると、「えぇ」と爽やかに返していた。

しばらく話し、矢田さんと美織は近くのトイレに向かった。すると小日向さんが「連絡先、交換しませんか?」とひなこに言うので珍しいなと思った。ひなこは大体気に入ったお客さんといつも連絡先を交換していたが、いつも自分からであった。しかし、今回は相手から聞かれ、なんとイケメンに、美人の美織ではなく平凡な自分に聞いてきたので、これは神様からのお恵みかと、ありがたくちょうだいした。

美織がトイレから戻ってくると、「あ」と声を上げ、めざとく「私も」と割り込んできた。そこへ矢田さんも帰ってきたので、ひなこは「矢田さんも交換しましょ」と言って、結局みんなで交換した。

ひなこは早速、四人のグループを作ると、名前を「鏑木三姉妹」とした。三姉妹というのは小日向さんを除いたものだった。四姉妹にしなかったのは、前のノリの続きであったからである。

四人はしばらく飲むと解散した。会計はすべて矢田さんが払ってくれ、ひなこと美織はいつも通り、「ご馳走様です」と元気の良い声で言った。「また飲みましょう」とみんなで約束もした。

帰り、矢田さんがタクシーで近くまで送ってくれると言うので、ひなこは甘えたが、美織は「大丈夫です」と言うと、闇夜に消えていった。

二人は心配していたが、ひなこが冷静に「いつものことなので」と言うと、そうかとタクシーを出した。近くのホテルに矢田さんを下ろし、その後は二人でタクシーに乗っていた。

ひなこはイケメンとこんなに近くの距離にいたことがないので心臓はバクバクだった。綺麗な横顔をチラ見しながらいい夜だなと思い、LINEには美織から、「ヤっちゃいなよ」と下世話なLINEが入っていた。それを小日向さんに見せると笑っていた。ひなこはその様子を見て、きっとすごくモテるんだろうなとひとり、思いを馳せていた。

やがて、車を停めているパーキングに着き、「家まで送りましょうか?」とひなこは言うが、小日向さんは断った。そんなところも紳士で自分にもこんな彼氏がいたらなぁと呑気なことを考えていた。

小日向さんは「では」と言うと、タクシーで行ってしまい、ちょっと残念だなとひなこは思ったのだった。
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