捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして愛のために日本へ
3章 楽しい無双生活
3-1. 救難依頼
一階の食堂で朝食をとり、コーヒーを飲んでいると、ドタドタドタと、誰かが慌てて入ってくる。見ると、ギルドの受付嬢だった。
「あ、いたいた! ヴィッキーさん!」
受付嬢はヴィクトルを見つけると、急いでやって来て、早口で続けた。
「おはようございます! 緊急の依頼がありまして、ギルドまで来てもらえませんか?」
ヴィクトルはルコアの方を見る。
ルコアはキョトンとしながらうなずいた。
「分かりました。支度してすぐに行きます」
ヴィクトルは急いで立ち上がる。
◇
ギルドマスターの部屋に通されると、黒いローブを着た女の子がソファーに座っていて、泣きそうな顔でヴィクトルたちを見る。
「朝早くから悪いね」
マスターは緊張感のある声で言った。
「な、何があったんですか?」
「彼女のパーティーが落とし穴のワナに落ちてしまって、消息不明なんだ」
「すみません! お力を貸してもらえませんか?」
魔導士の女の子が立ち上がって早口で言った。
「別に僕らでなくても……、誰でもやってくれそうですけど?」
「そ、それが落ちたのが地下三十七階からなので……」
そう言って女の子はうなだれた。
マスターが補足する。
「三十七階から落ちたとすると、Aクラスパーティー以上でないと難しい。そして、残念ながら今動ける心当たりは君たちだけなんだ」
「一応僕たちはCですが……」
ヴィクトルは渋い顔をする。
「分かってるが、今は緊急なので、『一切口外しない』と約束させることでお願いしたいんだ」
ヴィクトルはふぅ、と息をつくと、渋々言った。
「分かりました。同じ落とし穴から降りて、探せばいいですね?」
「やってくれますか!? ありがとうございます!」
女の子は涙をポロポロとこぼしながら、ヴィクトルの手を両手で握る。
「あ、それから……」
マスターが言いにくそうに切り出した。
「何か?」
「その……、遭難者なんだけど……。昨日君たちにヤジを飛ばしたジャックという奴なんだよね……」
「それなら私は行きません! 主さまを馬鹿にした罰が当たったんです!」
ルコアが声を荒げる。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい! それでも大切な仲間なんですぅ……うっうっう……」
部屋には彼女の嗚咽が響いた。
「報酬は金貨二十枚。彼女の全財産だ。気持ちを汲んでもらえないだろうか……?」
マスターはルコアに申し訳なさそうに言う。
ルコアはツンとして顔をそむけたままだ。
「ルコア、行こう。僕らの強さを見せつけてやろうじゃないか」
ヴィクトルがニヤッと笑って諭すと、ルコアはチラッとヴィクトルを見て言った。
「見せつけてやる……、それはいい考えかも……ですね」
「ついでにサイクロプスの魔石も取れるかもよ?」
「あー、それのついでならいいですね」
ルコアはニコッと笑う。
「よし決まり!」
ヴィクトルもうれしそうに笑った。
ヴィクトルが女の子に声をかける。
「それでは行こうか。僕がダンジョンまで飛んで運ぶけど大丈夫……」
「ダメです! 私が運びます!」
ルコアがさえぎるように声を荒げて言った。
そして窓を開けると、女の子をお姫様抱っこして窓の外へピョンと飛ぶ。
「えっ!? うわぁぁ!」
予想外の展開に慌てる女の子。
「ひゃあぁぁぁ――――!」
女の子の叫び声が遠くへ小さくなっていく。
「悪いけど頼んだよ。ジャックはあれで結構いい所もあるんだ」
マスターは申し訳なさそうに言った。
「はい、分かりました。でも……、一般的にはもう手遅れの時間ですよね?」
ヴィクトルは渋い顔をする。
マスターは目をつぶってうなずき、息をつくと言った。
「それでも彼女には必要な事なんだよ……」
「なるほど……、分かりました。全力を尽くしてみます」
ヴィクトルはそう言うと、窓から飛び出し、ドン! と衝撃音をあげながら一気に音速を超えてルコアを追いかけた。
3-2. 三つの奇妙な果実
一行は王都の近くのダンジョンにエントリーした。
ダンジョンの洞窟は暗く、ジメジメしており、カビ臭い。
「さて、三十七階だったよね?」
ヴィクトルはつい先日までこもっていたダンジョンを思い出し、少し懐かしく感じながら聞いた。
「そうです。急がないと……」
女の子が泣きそうな声で言う。
一階ずつ丁寧に降りていたら何時間かかるか分からない。さてどうしたものかと考えていると、
「今、聞いてみるからちょっと待ってて」
そう言って、ルコアはiPhoneを出して何かをタップする。
「あ、私~、元気? うん……、うん……。それでね、王都のダンジョンに来てるのよ。……。そうなのよー」
何やら世間話をしている。ヴィクトルも女の子も困惑した。
ルコアはそのまま会話を続ける。
「で、三十七階の落とし穴あるでしょ。そうそう。その落ち先まで送って欲しいんだけど。……。いい? 悪いわね。はいはい」
いきなりすごい話になって、二人とも唖然とする。なぜそんなことができるのか、全く理解できなかったのだ。
ルコアは電話を切ると、
「こっちですよ」
そう言って入り口わきの細い通路を行く。すると、純白の魔法陣が地面で光っているのが見えてきた。
「え? まさかこれって……」
「そうですよ、この先に遭難者が居ます」
ルコアはドヤ顔で言う。
いわゆるダンジョンの管理者、ダンジョンマスターとルコアが知り合いということなのだろう。魔物もルコアもレヴィアが創ったものであるなら、確かにそうであってもおかしくはないが……、ヴィクトルは常識がガラガラと崩れていくのを感じた。
そして、大きく深呼吸をすると、意を決して魔法陣を踏んだ。
◇
気がつくとヴィクトルはさんさんと太陽の照りつける草原にいた。
青空の下で綺麗な水の小川が流れ、向こうには森が広がっている。自然景観型のフロアらしい。
女の子とルコアも次々と現れる。
索敵の魔法を展開していくと……、森の奥に三人の弱々しい人間の反応がある。どうやらまだ生きているようだ。
しかし、近くには魔物の反応もあり、予断は許さない状況である。
「僕、行ってくるよ。二人はここで待ってて。彼らを連れて帰るから」
ヴィクトルがそう言うと、ルコアは、
「主さま、気を付けて」
と、ニッコリとほほ笑んだ。
女の子は涙目で手を合わせ、ヴィクトルに頭を下げる。
ヴィクトルは飛行魔法で一気に反応があった近くまで来ると、慎重に森の中へと降りて行った。森は巨木が生い茂り、鬱蒼として見通しはあまり効かない。
反応の方へ歩いて行くと、三つの白い繭のような物が巨木の枝から宙づりにされているのが見えた。よく見ると、繭の下には顔が半分のぞいている。冒険者がヒモでグルグル巻きにされ、逆さづりにされているようだ。
「ん――――!」「んー、ん――――!」
冒険者たちはヴィクトルに何かを言っている。
「助けに来ましたよ――――!」
ヴィクトルは能天気にそう言いながらスタスタと歩く。だが、右手には魔力をこめ、鈍く赤く光らせておいた。
シュッ!
直後、そばの樹の上から蜘蛛の糸がヴィクトルに向けて放たれる。
ヴィクトルは待っていたかのようにそれを左手でガシッとつかむと同時に、
「炎槍!」
と、叫んで樹上の魔物に鮮烈な炎の槍を食らわせた。
グギャァァァ!
断末魔の叫びを森に響かせながら、巨大な蜘蛛の魔物が火だるまになって地面に落ち、のたうち回り、最後には魔石になって消える。
よし! と思った時だった。地中からクワガタムシのアゴのような巨大なハサミが二本、いきなり突き出して、ヴィクトルに襲いかかる。
蜘蛛もこいつも冒険者たちを囮にして、助けに来る者を狙おうとしていたのだ。
しかし、ヴィクトルは慌てることなく、手刀でパキン! パキン!とハサミを折ると、逆にそのハサミの根元をガシッとつかみ、そのまま一気に引き抜いた。
「そんなの僕には効かないよ」
ズボッと抜け出てきたのは全長三メートルはあろうかと言う巨大な幼虫だった。ブヨブヨとした白い肌がウネウネしながらうごめく。
ヴィクトルはそのまま空中高く放り投げると、
「風刃!」
と、叫んで、風の刃で幼虫をズタズタに切り裂いた。
ギョエェェェ!
叫び声を残し、幼虫は魔石となって落ちてくる。
ヴィクトルはニヤッと笑って魔石をキャッチすると、繭になってる三人に走り寄った。
3-3. ノリノリ絶対爆炎
「大丈夫ですか?」
ヴィクトルは口元の糸を外してあげる。
「あ、ありがとうございます……、もうダメだと思ってました……うぅぅ」
昨日、ヴィクトルをあざ笑った、薄毛の中年男ジャックはみっともなく泣き始めた。
「間に合ってよかったです」
ヴィクトルはニコッと笑う。
「昨日はごめんなさい。まだお若いのにこんなに強いなんて知りませんでした……」
ジャックはそう言って謝った。
「まぁ、僕は子供だからね、仕方ないよ。さぁ、仲間のところへ行こう」
ヴィクトルは彼らを宙づりにしている糸を切ると、展開したシールドの上に繭のまま載せ、そのまま飛行魔法で一気に上空へと飛び上がった。
「うひ――――!」「ひゃあぁぁぁ!」「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
三人は繭のまま驚き、叫ぶ。
繭のまま運んだ方が運びやすいので、申し訳ないがそのまま飛んだのだった。
◇
別れたところまで飛んでくると、黒ローブの女の子が一人で心細げに立っていた。
「あれ? ルコアは?」
「『サイクロプス!』って叫んで飛んでっちゃいました……、それでその白いのは何……? えっ!?」
繭から顔がのぞいているのを見つけた女の子は、仰天する。
「あー、全員救出しておいたよ。早く出してあげよう」
ヴィクトルはそう言うと、繭をベキベキベキと腕力で破り、一気に裂いた。その異常な怪力に、包まれていた人は驚愕する。自分ではビクともしなかった繭を小さな子供がまるで紙を破くようにあっさりと壊したのだ。
僧侶の女の子を解放すると、黒ローブの女の子は抱き着いて、二人でしばらく号泣していた。正直、生きてまた会えるなんて思っていなかった二人は、お互いの体温を感じ、奇跡的な生還を心から喜んだ。
◇
ドドドドドド!
地響きが遠くの方から響いてくる。
みんな何だろうと、不安げな顔で地響きの方を眺めた。すると、草原の小高い丘の向こうからルコアが飛んでくる。
そして……、後ろには土煙……。
ヴィクトルは思わずフゥっとため息をつくと、
「君たち、危ないからこのシールドの中にいて」
そう言いながら淡く金色に光るドーム状のシールドを展開し、四人をすっぽりと覆った。
丘を越えて現れたのは緑色の巨人、サイクロプスが何匹か、それにグリフォンにリザードマンなどの魔物が多数。みんな挑発され、ルコアを必死に追いかけてくる。
「主さま~! いっぱい連れてきましたよ~!」
ルコアが叫びながら飛んでくる。
四人の冒険者たちは、Aランク以上の危険な災害級の魔物が群れを成して襲ってくるさまに腰を抜かし、シールドの中で真っ青になってうろたえた。
ヴィクトルは苦笑いすると、軽く飛び上がり、
ほわぁぁぁ!
と叫びながら下腹部に魔力を貯める。そして、術式を頭の中で思い描き、手のひらを魔物たちの方へ向けた。
「ルコア、衝撃に備えろ!」
そう叫ぶと、手のひらの前に巨大な真紅の魔法陣を次々と高速に描いていく。鮮やかに光り輝く魔法陣たちは、一部重なりながらどんどんと集積し、キィィィ――――ン! とおびただしい量の魔力を蓄積しながら高周波を放つ。
冒険者たちはその、神々しいまでの魔法陣の輝きに圧倒され、みんな言葉を無くした。見たこともない超高難度の魔法陣、それが多数重なっている。それも通常以上に魔力を充填され、音が鳴り出すくらいになるなど聞いたこともなかったのだ。
ヴィクトルは魔物たちが全員、丘を越えたのを確認すると、
「それ行け! 絶対爆炎!」
とノリノリで叫ぶ。
魔法陣群が一斉にカッと輝き、鮮烈な輝きを放つエネルギー弾を射出した。
直後、魔物たちに着弾すると、天も地も世界は鮮烈な光に覆われた。激しい熱線が草原や森を一気に茶色に変え、炎が噴き出す。
すさまじい爆発エネルギーは衝撃波となって、白い繭の様に音速で球状に広がり、森の木々は根こそぎなぎ倒され、冒険者たちのシールドに到達すると、ズン! と激しい衝撃音を起こし、みんな倒れ込んだ。
「キャ――――!」「ひぃぃぃ!」「うわぁぁぁ!」
石や砂ぼこりがシールドにビシビシと当たり、まるで砂嵐のような状態である。
それが過ぎ去ると、目の前には巨大な真紅のキノコ雲が、強烈な熱線を放ちながらゆっくりと立ち昇っていく……。
シールドで身を守っていたヴィクトルはその様を見ながら、やり過ぎたと思った。確かに見せつけてやろうとは思っていたものの、まさかここまで大規模な爆発になるとは予想外だったのだ。これを王都に向けて放ったら一瞬で十万人が死に、街は瓦礫の山になるだろう。
そして、ここまでやっても全然MPには余裕があったし、これより強力な攻撃を何度でも連射可能だった。そんな自分の異常な攻撃力に恐ろしさを覚え、ついブルっと身震いをしてしまう。
妲己を倒すために一年頑張ったが……、自分は開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのではないだろうか?
ヴィクトルは高く高く立ち昇っていく灼熱のキノコ雲を見上げながら、言いようのない不安を感じていた。
3-4. 固まる上級魔人
キノコ雲が霧消していくと、ヴィクトルは爆心地に飛んだ。焼けただれ、焦土と化した丘には巨大なクレーターがあり、ポッカリと大穴をあけていた。見ると、大穴の底には広大な広間が見える。なんと、ダンジョンの次の階層にまで穴をあけてしまったようだ。
ヴィクトルはやり過ぎたことを反省し、大きく息をつく。
その後、探索の魔法を使って魔石を探したが、サイクロプスの魔石は一つしか見つけられない。
飛び散ったか壊れたか……、ヴィクトルはこの狩り方は止めようと思った。
◇
ヴィクトルは戻ると、冒険者たちのシールドを解く。
すると、彼らは口々に、
「ま、魔王様……」「魔王様お許しを……」
と、焦点のあわない目で言いながら、ヴィクトルに許しを請い始めた。
「いや、ちょっと、僕、魔王なんかじゃないから!」
ヴィクトルは強く言ったが、冒険者たちはおびえて話にならない。
すると、ルコアは、
「主さまは魔王なんかじゃないわ。魔王なんかよりずっと強いんですよ! 頭が高いわ!」
と、余計な事を言った。
「ご無礼をお許しください!」「大変失礼いたしました!」
冒険者たちは土下座を始めてしまう。
ヴィクトルはため息をつき、得意げなルコアをジト目で見ると、
「もう、帰るよ」
と、言った。
ヴィクトルは床にシールドを展開すると、冒険者たちを乗せ、クレーターの上まで飛ぶ。
「ねぇ、ルコア。あそこから帰れる?」
ヴィクトルはクレーターの底を指さして聞いた。
「あらまぁ! ダンジョンの床を貫通なんてできるんですね!?」
ルコアは目を丸くする。
「こんな構造になっていたなんて初めて知ったよ」
「私も初めてです。行ってみましょう」
一行はクレーターの奥底に開いた下のフロアへと降りて行った。
◇
降り立つとそこは広大な広間だった。いわゆるボス部屋という奴だ。
奥の壇上には豪奢な椅子があり、そこに魔物が座っていたが……、魔物は一行におびえ、固まっている。
いきなりとてつもないエネルギーで天井をぶち抜かれたのだ、ヴィクトルは少し申し訳なく思った。
「あら、アバドンじゃない……」
ルコアはそう言うとスタスタと魔物に近づく。
「あ、ルコアの姐さん、ご無沙汰してます」
アバドンと呼ばれた魔物は頭を下げた。どうやら知り合いらしい。
「ゴメンね、穴開けちゃった」
「あー、大丈夫です。自然と修復されますんで……」
「出口はどっち?」
「そちらです。今開けますね……」
アバドンは手のひらで奥の扉を指し、ギギギーっと開けた。
「ありがと、また、ゆっくりとお話しましょ」
ルコアはニッコリとほほ笑む。
冒険者たちは驚愕した。言葉を話す魔物、それは上級魔人であり、Sクラスのパーティーでも簡単ではない魔物だ。そんな天災級の災厄がルコアに頭を下げている。
美しく流れる銀髪に澄みとおる碧眼、見るからにただ者ではない雰囲気ではあったが、まさかここまでとは想像をはるかに超えていたのだ。
そして、その彼女が仕える金髪の可愛い子供はさらに強いはずだ。さっきの大爆発などほんの序の口に過ぎないだろう……。
ジャックはとんでもない人に軽口をたたいていた自分を深く反省し、改めて恐怖でガタガタと震えた。
「主さま、行きましょ!」
そう言うと、ルコアはヴィクトルの手を引いてドアから出ていく。
冒険者たちは、アバドンに何か言われないかビクビクしながら後を追った。
◇
ドアの外のポータルから地上に戻ってきた一行。
「ここからはもう自分達で帰れるね?」
ヴィクトルはジャックに聞いた。
「は、はい! ありがとうございました!」
ジャックは緊張し、背筋をピンと伸ばして冷や汗を流しながら答える。
「くれぐれも今日見たことは……、わかったね?」
ヴィクトルは鋭い目でジャックを射抜いた。
「も、もちろん! 神に誓って口外は致しません!」
ジャックは目をギュッとつぶりながら誓う。
「約束破ったら……、王都ごと焼いちゃう……かもね? うふふ……」
ルコアが横から物騒なことを言う。
「決して! 決して! お約束は破りません!」
ジャックは冷や汗でびっしょりである。
ヴィクトルはちょっとやりすぎたかなと思いつつ、トンと地面を蹴ると、一気に空に飛んだ。
ルコアもついてくる。
「ルコア、さすがに王都は焼かないよ」
軽やかに飛びながらヴィクトルは言う。
「うふふ、ああいう輩には強く言っておいた方がいいのよ」
ルコアは銀髪をたなびかせながら、あっけらかんと答えた。
3-5. 龍のウロコの願い
二人はカフェにやってきて、早めのランチにする。
ルコアは昨日と同じくベーコンを五本である。
コーヒーをすすりながらヴィクトルは、サイクロプスの魔石を眺めた。
「ウロコが要るのかしら?」
ベーコンをかじりながら、ルコアがジト目でヴィクトルを見る。
「悪いねぇ」
ヴィクトルは手を合わせた。
ルコアは口をとがらせながら、アイテムポーチから黒く丸い板を出す。
「はい、高いわよ~」
ヴィクトルはありがたく受け取って、そのキラキラと輝くウロコを眺める。ウロコには年輪のような微細な模様が入り、まるで黒曜石のような重厚な質感で、陽の光を浴びて不思議な光を放っていた。
「うわぁ、綺麗だねぇ……」
思わずヴィクトルはため息を漏らすと、
「柔肌の方が……、もっと綺麗よ……」
そう言ってルコアは、いたずらっ子の笑みを浮かべながら、胸元を指先で少しはだけさせた。
「うわ、ダメだよこんな所で!」
ヴィクトルは頬を赤らめながら周りを見回す。
「うふふ、じゃ、後でゆっくり……ね」
ルコアはニヤニヤして胸元を整えた。
「いや、見せなくて大丈夫だから……」
「あ、一つ言うこと聞いてもらう約束ですよ?」
ルコアはドヤ顔でニヤッと笑う。
ヴィクトルは真っ赤になってコーヒーをグッと飲んだ。
◇
「持ってきましたよ」
食後に、ヴィクトルは防具屋へ行って、店主にウロコと魔石を渡した。
「えっ!? 本当か!? 坊主すごいな!」
店主はウロコを明かりに透かし、ルーペで拡大し、ジッと見つめる。
「おぉぉぉ……、本物だ。質もいい。暗黒龍のウロコなんてどうやって手に入れたんだ?」
店主は感嘆して聞く。
「ちょっと伝手がありまして……。暗黒龍の方が普通の龍よりいいんですか?」
「そりゃぁ当り前よ! 暗黒の森の王者、暗黒龍の魔力はこの世で最高クラス。ウロコにも長年かけて上質な魔力がしみ込んでるからね」
「へぇ、暗黒龍ってすごいんですね」
そう言ってルコアをチラッと見た。
ルコアは胸を張って得意げである。
「暗黒龍に勝てる人間なんてこの世にいないからね。その人はどうやって手に入れたんだろう?」
「龍の願い事を聞く代わりに一枚貰ったらしいですよ」
ルコアが横から余計な事を言う。
「龍の願い事……? 一体それは何なんだ?」
「さぁ……。幸せな時間を一緒に過ごすとかじゃないですかねぇ……?」
ルコアはそう言ってニコニコしながらヴィクトルを見た。
ヴィクトルは渋い顔をする。
「幸せな時間? なんだか哲学的だなぁ」
「そう、愛は哲学ですね」
ルコアは幸せそうに目をつぶって言った。
「まぁいいや、坊主! 採寸してやるからそこへ立って」
店主はヴィクトルの身体を測り、メモっていく。
「すぐに大きくなるから、ちょっと大きめで発注しような」
店主はニコッと笑ってヴィクトルの顔をのぞき込む。
そして、ウロコを丁寧に布袋にしまうと、
「さっそく職人さんに出しておくよ。出来たらギルドに言付けしとくから」
そう言ってヴィクトルの頭をくしゃくしゃとなでた。
◇
「もぅ、余計な事言うんだから……」
店を出ると、ヴィクトルはむくれてルコアに言った。
「ふふっ、いいローブが手に入りそうで良かったじゃないですか」
ルコアは悪びれもせずに言う。
「そうだけど……」
「でも、約束、忘れないでくださいよ」
ルコアはうれしそうに言った。
「わ、分かったよ。早く決めてよ?」
「はいはい、何にしようかなぁ?」
ルコアは銀髪をゆらしながら宙を眺め、幸せそうな表情を見せる。
透明感のある白い肌はみずみずしく、日差しを浴びて艶やかに輝いていた。
ヴィクトルはそんなルコアを見て、自然と笑みが浮かんでしまう。
◇
二人は昼下がりの気持ちのいい日差しの中、石畳の道を歩いてギルドまでやってきた。
ドアを開けると、ロビーのところで救出した冒険者たちとマスターが話をしている。
「お、噂をしたら何とやらだ。ありがとう」
マスターはそう言ってにこやかに右手を差し出す。
ヴィクトルは握手をすると、
「変な噂じゃないでしょうね?」
そう言って四人をジロリと見た。
「い、いや、無事に戻ったという報告だけです! 本当です!」
ジャックは必死に説明する。
「彼の言う通り、私は何も聞いてないよ。本音を言えば聞きたいが……、約束は約束だからな。ただ、君が頼もしいことだけは良く分かった」
マスターはそう言ってニヤッと笑った。
「私は目立たずひっそりと暮らしたいので、目立たせないで下さいよ」
ヴィクトルは渋い顔をする。
3-6. 決闘は裏庭で
ギギギー
ドアが開き、ドヤドヤと男が四人入ってくる。赤ラインの白シャツに金の装飾がついたジャケット、王国の騎士だ。
「ギルドマスターはいるか?」
班長っぽい男が横柄に声をあげた。
マスターは怪訝そうな顔をして答える。
「私がマスターだが……、何か御用ですか?」
「ほう、君がマスターか。それにしてもギルドというのは薄汚い所だな!」
班長は周りを見回し、馬鹿にしたように鼻で笑った。
シーンとしたギルドの中に声が響きわたり、不穏な空気が支配する。
「わざわざ、あざ笑いに来たんですか? 騎士様はずいぶんと暇なんですね」
マスターは淡々と返す。
「なんだ、子供までいるじゃないか。ここは保育所もやってるのかね?」
騎士たちはゲラゲラと下卑た笑いを響かせる。
マスターは大きく息をつくと、
「彼はこう見えてCクラス冒険者、頼りになる奴ですよ」
そう言ってヴィクトルの肩をポンポンと叩いた。
「子供にも頼らねばならんとは……、ギルドは大丈夫なのかね?」
班長は薄笑いを浮かべながらマスターをにらむ。
「か、彼を馬鹿にするのは止めてください! 王都の安全のためにも!」
ジャックが血相を変えて叫んだ。
「王都の安全? 子供が王都の脅威になるとでもいうのかね? ただのガキじゃないか!」
班長はバカにしたような眼でジャックをにらむ。
「主さまを侮辱するのは許されませんよ?」
ルコアが黒いオーラをゆらゆらと立ち上らせながら、班長をにらんだ。
「な、何だお前は! そんなにその子が強いなら見せてもらおうじゃないか!」
「弱い犬ほどよく吠える……。主さまのお手を煩わせるわけにはまいりません。まず、私があなた達を倒して見せましょう」
「はっ! 女、言ったな! 王国騎士を馬鹿にした罪は重いぞ、決闘だ! 叩きのめしてやる!」
にらみ合う二人……。
「ここはロビーです、決闘は裏でお願いします」
マスターはニヤッと笑って裏庭へと案内した。
◇
ルコアはスタスタと裏庭の真ん中まで歩き、くるっと振り向いた。銀髪がサラッと流れ、陽の光を反射してキラキラと煌めく……。
そして、カッと碧い瞳を見開くと言った。
「面倒だ、全員でかかってきな!」
騎士たちはお互いの顔を見合わせる。素手の女の子相手に一斉に斬りかかるというのはどうなのだろうか、と躊躇していたのだ。
「お前ら舐められてるぞ! 手加減不要! 叩きのめせ!」
班長が檄を飛ばす。
三人の騎士たちは剣をすらりと抜き、息を整え、中段に構えると、
「ソイヤー!」「ハ――――ッ!」「ヤ――――!」
と、掛け声をかけながらルコアに迫る。
ルコアはニヤッと笑うと、真っ青な瞳の中に青い炎をゆらりと揺らし、そしてキラリと光らせた。
「へっ?」「うわぁ!」「ひぃ!」
騎士たちは急に足を止め、驚き、混乱する。
そして、何もない斜め上に向けて必死に剣を振り回しはじめた。
「お、おい! お前ら何やってる!?」
班長は青い顔をして叫ぶ。
「ば、化け物だ!」「何だこれは!」「うわぁ止めろぉ!」
騎士たちは必死な形相で後ずさりながら、やみくもに剣を振り回す。
そんな姿をルコアはうれしそうに眺めていた。
そして、頃合いを見計らうと、右手を高く掲げ、パチン! と指を鳴らす。
「うわぁぁぁ!」「ぐぅぅ!」「くふぅ!」
騎士たちは絶叫して次々と倒れ、気を失ってしまう。
三人が口から泡を吹きながら、失禁し、白目をむいている姿はただ事ではない。やじ馬たちは唖然として無様な姿をさらす騎士たちを眺めていた。
班長はワナワナと身体を震わせ、剣をスラっと抜くと、
「貴様! 何をした! 怪しい術を使いやがって正々堂々と勝負しろ!」
と、吠える。
「単に幻覚を見せただけ。こんな初歩的な術にかかるなんて、騎士って日頃どんな訓練してるんですかねぇ?」
そう言ってケラケラと笑った。
「バカにしやがって! 死ねぃ!」
班長は顔を真っ赤にして剣を構えたまま突進し、ルコアに向けて鋭い斬撃を放った。
目にも止まらぬ速さで振り下ろされた美しい刀剣……。
キン!
なぜか剣は吹き飛ばされ、クルクルと回転しながら建物の岩壁に突き刺さり、ビィ――――ン! と振動音を放つ。
ルコアは微動だにせず、ただクールな微笑みを浮かべていただけだった。にもかかわらず、剣は勝手に弾き飛ばされたのだった。
「は!?」
班長は何が起こったか分からず、真っ青な顔で冷や汗を流した。
ルコアはニヤッと笑うと班長にゆっくりと近づき、耳元で、
「次、主さまを侮辱したら……、殺すわよ」
そう言って、しゃなりしゃなりとワンピースのすそをゆらしながら、ヴィクトルの方へ歩いて行く。
「主さま~、勝ちましたよ~!」
ルコアは無邪気に大きく手を振ってうれしそうに笑った。
3-7. 弟子の造反
班長は痺れる手をさすりながら、うなだれ、言葉を失う。
見知らぬ幻術で部下は全滅、自信のあった剣術も全く通用しなかった。強さの次元が違う……。王国最強を誇る騎士団長ですらこれほどまでの強さは無いのだ。
班長はちらっとヴィクトルを見る。金髪碧眼の可愛い子供……、あの子は彼女よりも強いらしい……。班長はゾクッと背筋に冷たい物が流れるのを感じる。
なるほど、『王都の脅威』としたあの男の言葉は本当だった。彼女とあの子が攻めてきたら騎士団全員を投入しても止められない。まさに王都の脅威だった。
班長は何度か深呼吸を繰り返すと、ヴィクトルのところへと足を進め、手を胸に当て、頭を下げて謝る。
「我々の負けです。大変に失礼をいたしました」
ヴィクトルはうんうんとうなずくと、
「大丈夫、彼女に勝てる人なんていないから」
そう言ってニコッと笑った。
「えっ? でも、あなたは勝てるんですよね?」
班長は不思議そうに聞く。
「あぁ、まぁ……」
すると、ルコアがドヤ顔で言い放つ。
「主さまは別格です! 何と言っても主さまは大賢じ……」
ヴィクトルは焦ってルコアの口をふさぐ。
「え? だいけんじ……?」
首をかしげる班長。
「違う違う、だ、『大剣使い』ってことですよ?」
苦し紛れの言い訳をするヴィクトル。
「えっ!? その体で大剣使うの!?」
「そうそう、剣の方が大きいんですよ。秘密ですよ、はははは……」
何とも言えない空気が周囲に流れる。
ヴィクトルはジト目でルコアをにらみ、ルコアは目を泳がせた。
◇
「ところで、君たちは何しに来たのかね?」
腕組みをしたマスターがニヤニヤしながら、班長に聞く。
「とあるミッションに『ギルドの助力も得よ』との指示があり、相談に上がりました」
「とあるミッション?」
「ちょっとここでは……」
そう言って班長は周りを見回す。
「おい、お前ら、見世物は終わりだ! みんなギルドに入れ!」
マスターはやじ馬たちを追いやった。
「あ、あなたたちは残って欲しいんだが……」
班長は、立ち去ろうとするヴィクトルとルコアに声をかける。
「えー、国の依頼なんて嫌ですよぅ」
ルコアは露骨に嫌な顔をした。
「話だけでも聞いてくれないか?」
班長は頭を下げる。
「話……聞くだけですよ」
ヴィクトルも嫌そうに言った。
班長はやじ馬が居なくなったのを確認すると、小声で話し始める。
「実は国王陛下の護衛をお願いしたい」
「陛下の護衛? そんなのあなた達の仕事ですよね?」
ヴィクトルはいぶかしげに返した。
「それが……、テロリスト側にどうも奇怪な魔法を使う魔導士がいて、我々では守り切れない懸念があり……」
「奇怪な魔法?」
「重力魔法と火魔法を混ぜたような物という報告がありまして……」
ヴィクトルは背筋が凍った。重力魔法と火魔法を混ぜるというのは前世時代、賢者の塔で研究していたテーマの一つである。上手く混ぜることで殺傷力を高められることは分かったが、危険なため封印していた成果だった。もし、それが使われているとなると、それは賢者の塔の関係者が加担しているということであり、自分の責任と言える。
ヴィクトルは青ざめた顔でうつむく。弟子のうちの誰かがやっている……。一体誰がやっているのか……。
「護衛なんてやりませんよ! ね、主さま?」
ルコアがムっとした様子で言った。
ヴィクトルは腕組みをしてしばらく考える……。
弟子はみんな正義感もある、しっかりとした者ばかりだった。一体誰が……。
しかし、いくら考えても分からない。
そして、大きく息をつくと言った。
「日程は?」
「四日後にサガイの街への移動があり、これに同行いただきたい」
班長は真剣な目をして言う。
「え? まさか、主さまやるんですか?」
ルコアは目を丸くする。
ヴィクトルは大きく息をつくと言った。
「ルコア、悪いが付き合ってくれるか?」
「え――――! でも……、主さまがやるなら……付き合いますよ、そりゃぁ……」
口をとがらせるルコア。
「悪いね、ありがと!」
ヴィクトルはルコアの背中をポンポンと叩く。
「受けますので、条件などはマスターと詰めてください」
ヴィクトルはそう言うと、足早にギルドを後にした。
3-8. 月旅行の気分
部屋に戻ると、ヴィクトルは怖い顔をしてゴロンとベッドに横たわった。
「主さま、どうかしたんですか?」
ルコアが心配そうに聞いてくる。
ヴィクトルは言おうかどうか迷ったが、巻き込む以上正直に話そうと思った。
「襲ってくるのは弟子かも知れん……。この手で捕まえ、理由を聞かねばならん……」
ヴィクトルは重い調子で言う。
「え? 大賢者の弟子……ですか?」
「そうだ。そんな事をやる奴が居たとは思えないんだけど……」
ヴィクトルは目をつぶり、ため息をついた。
「主さまは傲慢すぎですよ」
「えっ? 傲慢?」
「どんなに大賢者でも、他人の心の中まで支配できると考えるのは傲慢すぎです」
ルコアは優しい顔でヴィクトルの頬をそっとなでた。
「いや、しかし、国王を殺そうとするなんて異常だよ」
「主様……。正義は人の数だけあるわ……。百人いたら百通りの正義があるの。貧困層や政敵など、国王殺すことが正義な人なんていくらでもいるわ」
ヴィクトルは考え込んでしまった。自分は弟子たちの気持ちもしっかり理解していると思っていたが……それは幻想だったのかもしれない……。
「そんな怖い顔、主さまに似合わないわ」
ルコアはそう言って、ヴィクトルにのしかかるようにハグをする。
「うわぁぁ 何するんだ!」
ヴィクトルはルコアの豊満な胸に抱かれて焦る。
「こうすると落ち着くでしょ? 頭で考えずに心で感じると正解は見えるわ」
そう言ってルコアは優しく頭をなでた。
ルコアなりの思いやりなのだろう。ヴィクトルは観念して深呼吸を繰り返し、ただ、柔らかく温かな体温を感じる。
例えテロリストが誰であれ、見つけ出して叩くことは変わらない。ヴィクトルは考える事を止めた。
そして、ルコアの優しい柔らかい匂いに癒されながら、薄らいでいく意識に身をゆだねる……。
◇
バシッ!
いつものことで、またかと思いながらヴィクトルは目覚める。
二人とも寝てしまっていたのだ。
あくびをしながら窓際まで歩き、街の様子を眺める……。
日が傾き、窓の外では黄色がかった光に長い影が街に伸びている。
通りの向こうには白く上弦の月が昇ってきていた。
ヴィクトルはボーっと月を眺める。
「綺麗だなぁ……」
しかし、この世界が作りものだとしたら、この月も作り物だ……。
「月ねぇ……」
ヴィクトルは月をじっと見ながら考えこむ。月に行ったら何があるのだろうか……?
行ってみたらこの世界が作り物な証拠があったりするだろうか? 宇宙へ行くなど今まで無理だと思っていたが、レベル千相当の魔法が使えるのだ。宇宙くらい行けるだろう。
しかし……今まで宇宙へ行った人などいない。どうやったら安全に行けるだろうか……。
ヴィクトルはしばらく宇宙旅行について思案をめぐらした。
◇
「よしっ!」
ヴィクトルは意を決すると、ベッドに戻り、
「ルコアー、寝すぎると良くないぞー」
と、幸せそうに寝息を立てるルコアをゆらした。
「うーん、もう少し……」
ルコアは向こう側へ寝返りを打つ。
「なんだよ、服着てても寝られるじゃないか」
ヴィクトルが文句を言うと、
「あー、寝苦しい! 服はダメだわー」
と、言いながらむっくりと起き上がり、大きく伸びをするルコア。
ヴィクトルは呆れながらベッドに座って言った。
「ねぇ、ルコア、月に行った事ある?」
「へ!?」
寝ぼけ眼で聞き返すルコア。
「月だよ、月。空に浮かんでる奴さ」
「行ったことなんてないですよ! あんなところ行けるんですか!?」
「見えるんだから……、行けるんじゃないの?」
ルコアは腕組みして首をゆらす。
「行って……、何するんです?」
「レヴィア様が『この世界は作られた世界だ』って言うんだったら、一旦この星を抜け出すと何か証拠を見つけられるんじゃないかと思って」
ルコアは大きくあくびをして、
「主さまが行くならお供しますけど……、見るからにつまらなそうなところですよね、月って」
そう言って、眠そうな目でヴィクトルを見る。
「いやいや、何か面白い物あるかも知れないよ。ひとっ飛び行ってみよう!」
ヴィクトルはうれしそうに言った。
3-9. 宇宙でランデブー
二人は宿の上空でふわふわと浮かびながら準備をする。
ルコアはヴィクトルの背中におぶさり、ヴィクトルは二人の周りに卵型のシールドを何枚もかけ、さらに、水中でも息が苦しくない魔法を自分たちにかけた。
「これで準備OK! じゃあ、宇宙へ行くよ!」
ヴィクトルはワクワクしながら言う。
「本当に大丈夫ですか? 寒かったり暑かったりしないんですか?」
ルコアは不安げだった。
「それは行ってみないと何とも……」
「大賢者様たのみますよぉ……」
「いやいや、宇宙行った人なんて誰もいなんだから仕方ないよ」
「ふふっ、二人で世界初のランデブーですねっ!」
「ラ、ランデブーって……。行くよ!」
ヴィクトルは頬を赤らめながら飛行魔法に魔力を注入し、軽やかに宇宙へ向かって旅立った。
夕暮れの日差しにオレンジ色に輝く石造りの街が、どんどんと小さくなっていく。やがて城壁に囲まれた王都全体が視野に入り、それも小さくなる。
「すごい、すごーい!」
ルコアは楽しそうにヴィクトルをギュッと抱きしめた。
「おとなしくしててよ!」
「いいじゃないこれくらい……。ふぅ――――」
ルコアはヴィクトルの耳に温かい息を吐いた。
「もう! 降ろすよ!」
「ハーイ、おとなしくしまーす」
ルコアは棒読みのような返事をする。
「もぅ……」
そう言ってる間にもどんどんと高度は上がり、雲を突き抜ける。
眼下には王都を囲む山々が見え……、それも小さくなっていく。
「さて、そろそろ全力で行くぞ! つかまっててよ!」
「はーい」
ルコアはうれしそうにギュッとヴィクトルを抱きしめた。
ぬおぉぉぉ……!
ヴィクトルは魔力を全力で投入する。
二人は凄い加速を受け、一気に音速を超えた。
ドン!
「きゃあっ!」
ルコアが顔を伏せる。
「大丈夫だよ、どんどん行くよ!」
二人は夕陽に照らされる中、どんどんと高度をあげた。
シールドはビリビリと音をたて、先端は空気を圧縮し、赤く輝きだす。
眼下には山々と、入り組んだ海岸線。地図でしか見たことのなかった国土の全貌が子細に見渡せる。
「こんな形してたんですねぇ……」
ルコアが感慨深げに言う。
「暗黒の森はまだまだもっと西だね。もっと高度を上げるよ」
さらにしばらく上がっていくと、シールドが静かになった。もう外は空気が無いらしい。そして、青かった空はいつの間にか真っ黒となり、宇宙へと入ってきた事が分かる。
「うちの星、丸いですねぇ……」
ルコアがつぶやく。
西の方には大陸が広がっており、地平線は丸く湾曲し、太陽が沈みかけている。東の方はずっと海が広がっていて、すでに真っ暗、夜になっていた。国土は細長い島のようになっていて、西側の大陸と東側の海の間に浮いている。王都の辺りはちょうど昼と夜の境目だった。
「昼と夜はこうやって作られてるんだね……」
ヴィクトルは、昼と夜の境界線を感慨深げに眺めながら言う。
「私、こんなの初めて見ました……。すごい……幻想的……」
ルコアは、青く美しい星に描かれる光と闇の境界線に見とれていた。
「さて……、月だけど……、これ、どうかなぁ……?」
ヴィクトルは上空はるか彼方にある上弦の月を見ながら言った。
「全然近づいてませんねぇ……。むしろ小さくなってませんか?」
ルコアは嫌なことを言う。
「小さく見えるのは錯覚だと思うけど……、全然近づいてる感じはしないよね」
「これ、何日もかかるんじゃないですか?」
「うーん、そうかもしれない……」
ヴィクトルは困惑した。
「おトイレは……どうするんですか?」
ルコアが心細げに聞いてくる。
「え? もうしたいの?」
「まだ……我慢……できるかも……」
モジモジしながら言った。
なるほど、長時間かかるならその辺の準備もしないとならないのだ。
ヴィクトルは大きく息をつくと、
「月は相当に遠い事が分かった。この星も丸いし、国の形も良く分かった」
そう言って魔力をゆるめる。
「良かった……」
ルコアはホッとしたように、ふぅとため息をついた。
3-10. 開く地獄の釜
二人はしばらく、夜に浸食されていく足元の長細い島をじっと眺めていた。
やがて太陽は大陸のかなた、円弧となった地平線の向こうに真紅の輝きを放ちながら沈んでいく。
「綺麗ね……」
ルコアが耳元でつぶやきながらヴィクトルの手を取った。
「あぁ、こんなに赤い太陽は初めて見たよ」
ヴィクトルはそう言いながらルコアの手を両手で包む。
すっかり冷えてきたシールド内では、お互いの体温がうれしかった。
太陽が沈むと一気に満天の星々が輝きだす。ひときわまばゆく輝く宵の明星に、全天を貫いて流れる天の川。それは今まで見てきた星空より圧倒的に美しく、幻想的に二人を包む。
下の方ではところどころに街の明かりがポツポツと浮かび、街のにぎやかさが伝わってくるようだった。闇に沈む大地に浮かぶ街の灯りは、まるで灯台のように道しるべとなってくれる。
しばらく二人はその幻想的な風景を静かに眺めた。自分たちが何気なく日々暮らしていた細長い島。そこに訪れた夜に浮かび上がる、人々の営みの灯。それは尊い命の灯であり、人類という種が大地に奏でる光のハーモニーだった。
「素敵ね……」
ルコアがつぶやく。
ヴィクトルはゆっくりとうなずき、大地に生きる数多の人たちの活動に魅入られて、しばらく言葉を失っていた。
例えこれが作り物の世界だったとしても、この美しさには変わらぬ価値がある。ヴィクトルの心に、思わず熱いものがこみ上げてくる。
「あっ、あれ何かしら?」
ルコアが指さす先を見ると、暗い森の中に何やら赤く輝く小さな点が見える。
「場所的には暗黒の森の辺りだね……。あの辺は人はいないはずだけどなぁ。何が光ってるのだろう……」
ヴィクトルはそっと涙をぬぐうと、降りて行きながら明かりの方へと近づいていった。
徐々に大きくなって様子が見え始める。
「あっ、あれ、地獄の釜だわ!」
ルコアが驚いて言う。
「地獄の釜?」
「魔物を大量に生み出す次元の切れ目よ! きっとたくさんの魔物があそこで湧き出しているわ!」
「えっ!? それはヤバいじゃないか!」
焦るヴィクトル。
「誰がそんなこと……」
眉をひそめるルコア。
「妲己だ……」
ヴィクトルは『手下を準備する』と言っていた妲己の言葉を思い出し、思わず額に手を当て、ため息をついた。
「地獄の釜を開いたとしたら……十万匹規模のスタンピードになりますよ?」
ルコアは不安げに言う。
「この位置だと襲うとしたらユーベ……。マズいな……」
ヴィクトルは去年まで住んでいた街が滅ぼされるのを想像し、ゾッとした。
「よしっ! 殲滅してやる!」
ヴィクトルは大きく息を吸うと、下腹部に魔力をグッと込めた。そして両手を前に出し、巨大な真紅の魔法陣を描き始める。
満天の星々をバックに鮮やかな赤い魔法陣が展開されていったが……途中でヴィクトルは手を下ろしてしまった。
そして、うつむき、何かを考えこむ。
「主さま……? どうしたんです?」
不安そうにルコアが聞く。
「これ、妲己との開戦になっちゃうよね……」
「きっと応戦されますね。でも、主さまなら余裕では?」
「いや、レヴィア様は『妲己だけじゃない』って言ってたから、うかつに攻撃はヤバいかも……」
「うーん……」
宇宙空間に浮かぶ二人は目をつぶり、考えこむ……。
「攻撃はいったん中止! その代わり、こうだ!」
ヴィクトルは書きかけの魔法陣を消し、今度は巨大な青い魔法陣を描く。そして、パンパンになるまで魔力を込める。魔法陣はビリビリと震えながら青いスパークをバリバリと放った。
「主さま……、これ、ヤバいですよ……」
ルコアは不気味に鋭く輝く巨大な魔法陣を見て、青い顔をする。
「ふふっ、ヤバいくらいじゃないといざという時に役に立たないよ」
ヴィクトルはニヤッと笑った。
一階の食堂で朝食をとり、コーヒーを飲んでいると、ドタドタドタと、誰かが慌てて入ってくる。見ると、ギルドの受付嬢だった。
「あ、いたいた! ヴィッキーさん!」
受付嬢はヴィクトルを見つけると、急いでやって来て、早口で続けた。
「おはようございます! 緊急の依頼がありまして、ギルドまで来てもらえませんか?」
ヴィクトルはルコアの方を見る。
ルコアはキョトンとしながらうなずいた。
「分かりました。支度してすぐに行きます」
ヴィクトルは急いで立ち上がる。
◇
ギルドマスターの部屋に通されると、黒いローブを着た女の子がソファーに座っていて、泣きそうな顔でヴィクトルたちを見る。
「朝早くから悪いね」
マスターは緊張感のある声で言った。
「な、何があったんですか?」
「彼女のパーティーが落とし穴のワナに落ちてしまって、消息不明なんだ」
「すみません! お力を貸してもらえませんか?」
魔導士の女の子が立ち上がって早口で言った。
「別に僕らでなくても……、誰でもやってくれそうですけど?」
「そ、それが落ちたのが地下三十七階からなので……」
そう言って女の子はうなだれた。
マスターが補足する。
「三十七階から落ちたとすると、Aクラスパーティー以上でないと難しい。そして、残念ながら今動ける心当たりは君たちだけなんだ」
「一応僕たちはCですが……」
ヴィクトルは渋い顔をする。
「分かってるが、今は緊急なので、『一切口外しない』と約束させることでお願いしたいんだ」
ヴィクトルはふぅ、と息をつくと、渋々言った。
「分かりました。同じ落とし穴から降りて、探せばいいですね?」
「やってくれますか!? ありがとうございます!」
女の子は涙をポロポロとこぼしながら、ヴィクトルの手を両手で握る。
「あ、それから……」
マスターが言いにくそうに切り出した。
「何か?」
「その……、遭難者なんだけど……。昨日君たちにヤジを飛ばしたジャックという奴なんだよね……」
「それなら私は行きません! 主さまを馬鹿にした罰が当たったんです!」
ルコアが声を荒げる。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい! それでも大切な仲間なんですぅ……うっうっう……」
部屋には彼女の嗚咽が響いた。
「報酬は金貨二十枚。彼女の全財産だ。気持ちを汲んでもらえないだろうか……?」
マスターはルコアに申し訳なさそうに言う。
ルコアはツンとして顔をそむけたままだ。
「ルコア、行こう。僕らの強さを見せつけてやろうじゃないか」
ヴィクトルがニヤッと笑って諭すと、ルコアはチラッとヴィクトルを見て言った。
「見せつけてやる……、それはいい考えかも……ですね」
「ついでにサイクロプスの魔石も取れるかもよ?」
「あー、それのついでならいいですね」
ルコアはニコッと笑う。
「よし決まり!」
ヴィクトルもうれしそうに笑った。
ヴィクトルが女の子に声をかける。
「それでは行こうか。僕がダンジョンまで飛んで運ぶけど大丈夫……」
「ダメです! 私が運びます!」
ルコアがさえぎるように声を荒げて言った。
そして窓を開けると、女の子をお姫様抱っこして窓の外へピョンと飛ぶ。
「えっ!? うわぁぁ!」
予想外の展開に慌てる女の子。
「ひゃあぁぁぁ――――!」
女の子の叫び声が遠くへ小さくなっていく。
「悪いけど頼んだよ。ジャックはあれで結構いい所もあるんだ」
マスターは申し訳なさそうに言った。
「はい、分かりました。でも……、一般的にはもう手遅れの時間ですよね?」
ヴィクトルは渋い顔をする。
マスターは目をつぶってうなずき、息をつくと言った。
「それでも彼女には必要な事なんだよ……」
「なるほど……、分かりました。全力を尽くしてみます」
ヴィクトルはそう言うと、窓から飛び出し、ドン! と衝撃音をあげながら一気に音速を超えてルコアを追いかけた。
3-2. 三つの奇妙な果実
一行は王都の近くのダンジョンにエントリーした。
ダンジョンの洞窟は暗く、ジメジメしており、カビ臭い。
「さて、三十七階だったよね?」
ヴィクトルはつい先日までこもっていたダンジョンを思い出し、少し懐かしく感じながら聞いた。
「そうです。急がないと……」
女の子が泣きそうな声で言う。
一階ずつ丁寧に降りていたら何時間かかるか分からない。さてどうしたものかと考えていると、
「今、聞いてみるからちょっと待ってて」
そう言って、ルコアはiPhoneを出して何かをタップする。
「あ、私~、元気? うん……、うん……。それでね、王都のダンジョンに来てるのよ。……。そうなのよー」
何やら世間話をしている。ヴィクトルも女の子も困惑した。
ルコアはそのまま会話を続ける。
「で、三十七階の落とし穴あるでしょ。そうそう。その落ち先まで送って欲しいんだけど。……。いい? 悪いわね。はいはい」
いきなりすごい話になって、二人とも唖然とする。なぜそんなことができるのか、全く理解できなかったのだ。
ルコアは電話を切ると、
「こっちですよ」
そう言って入り口わきの細い通路を行く。すると、純白の魔法陣が地面で光っているのが見えてきた。
「え? まさかこれって……」
「そうですよ、この先に遭難者が居ます」
ルコアはドヤ顔で言う。
いわゆるダンジョンの管理者、ダンジョンマスターとルコアが知り合いということなのだろう。魔物もルコアもレヴィアが創ったものであるなら、確かにそうであってもおかしくはないが……、ヴィクトルは常識がガラガラと崩れていくのを感じた。
そして、大きく深呼吸をすると、意を決して魔法陣を踏んだ。
◇
気がつくとヴィクトルはさんさんと太陽の照りつける草原にいた。
青空の下で綺麗な水の小川が流れ、向こうには森が広がっている。自然景観型のフロアらしい。
女の子とルコアも次々と現れる。
索敵の魔法を展開していくと……、森の奥に三人の弱々しい人間の反応がある。どうやらまだ生きているようだ。
しかし、近くには魔物の反応もあり、予断は許さない状況である。
「僕、行ってくるよ。二人はここで待ってて。彼らを連れて帰るから」
ヴィクトルがそう言うと、ルコアは、
「主さま、気を付けて」
と、ニッコリとほほ笑んだ。
女の子は涙目で手を合わせ、ヴィクトルに頭を下げる。
ヴィクトルは飛行魔法で一気に反応があった近くまで来ると、慎重に森の中へと降りて行った。森は巨木が生い茂り、鬱蒼として見通しはあまり効かない。
反応の方へ歩いて行くと、三つの白い繭のような物が巨木の枝から宙づりにされているのが見えた。よく見ると、繭の下には顔が半分のぞいている。冒険者がヒモでグルグル巻きにされ、逆さづりにされているようだ。
「ん――――!」「んー、ん――――!」
冒険者たちはヴィクトルに何かを言っている。
「助けに来ましたよ――――!」
ヴィクトルは能天気にそう言いながらスタスタと歩く。だが、右手には魔力をこめ、鈍く赤く光らせておいた。
シュッ!
直後、そばの樹の上から蜘蛛の糸がヴィクトルに向けて放たれる。
ヴィクトルは待っていたかのようにそれを左手でガシッとつかむと同時に、
「炎槍!」
と、叫んで樹上の魔物に鮮烈な炎の槍を食らわせた。
グギャァァァ!
断末魔の叫びを森に響かせながら、巨大な蜘蛛の魔物が火だるまになって地面に落ち、のたうち回り、最後には魔石になって消える。
よし! と思った時だった。地中からクワガタムシのアゴのような巨大なハサミが二本、いきなり突き出して、ヴィクトルに襲いかかる。
蜘蛛もこいつも冒険者たちを囮にして、助けに来る者を狙おうとしていたのだ。
しかし、ヴィクトルは慌てることなく、手刀でパキン! パキン!とハサミを折ると、逆にそのハサミの根元をガシッとつかみ、そのまま一気に引き抜いた。
「そんなの僕には効かないよ」
ズボッと抜け出てきたのは全長三メートルはあろうかと言う巨大な幼虫だった。ブヨブヨとした白い肌がウネウネしながらうごめく。
ヴィクトルはそのまま空中高く放り投げると、
「風刃!」
と、叫んで、風の刃で幼虫をズタズタに切り裂いた。
ギョエェェェ!
叫び声を残し、幼虫は魔石となって落ちてくる。
ヴィクトルはニヤッと笑って魔石をキャッチすると、繭になってる三人に走り寄った。
3-3. ノリノリ絶対爆炎
「大丈夫ですか?」
ヴィクトルは口元の糸を外してあげる。
「あ、ありがとうございます……、もうダメだと思ってました……うぅぅ」
昨日、ヴィクトルをあざ笑った、薄毛の中年男ジャックはみっともなく泣き始めた。
「間に合ってよかったです」
ヴィクトルはニコッと笑う。
「昨日はごめんなさい。まだお若いのにこんなに強いなんて知りませんでした……」
ジャックはそう言って謝った。
「まぁ、僕は子供だからね、仕方ないよ。さぁ、仲間のところへ行こう」
ヴィクトルは彼らを宙づりにしている糸を切ると、展開したシールドの上に繭のまま載せ、そのまま飛行魔法で一気に上空へと飛び上がった。
「うひ――――!」「ひゃあぁぁぁ!」「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
三人は繭のまま驚き、叫ぶ。
繭のまま運んだ方が運びやすいので、申し訳ないがそのまま飛んだのだった。
◇
別れたところまで飛んでくると、黒ローブの女の子が一人で心細げに立っていた。
「あれ? ルコアは?」
「『サイクロプス!』って叫んで飛んでっちゃいました……、それでその白いのは何……? えっ!?」
繭から顔がのぞいているのを見つけた女の子は、仰天する。
「あー、全員救出しておいたよ。早く出してあげよう」
ヴィクトルはそう言うと、繭をベキベキベキと腕力で破り、一気に裂いた。その異常な怪力に、包まれていた人は驚愕する。自分ではビクともしなかった繭を小さな子供がまるで紙を破くようにあっさりと壊したのだ。
僧侶の女の子を解放すると、黒ローブの女の子は抱き着いて、二人でしばらく号泣していた。正直、生きてまた会えるなんて思っていなかった二人は、お互いの体温を感じ、奇跡的な生還を心から喜んだ。
◇
ドドドドドド!
地響きが遠くの方から響いてくる。
みんな何だろうと、不安げな顔で地響きの方を眺めた。すると、草原の小高い丘の向こうからルコアが飛んでくる。
そして……、後ろには土煙……。
ヴィクトルは思わずフゥっとため息をつくと、
「君たち、危ないからこのシールドの中にいて」
そう言いながら淡く金色に光るドーム状のシールドを展開し、四人をすっぽりと覆った。
丘を越えて現れたのは緑色の巨人、サイクロプスが何匹か、それにグリフォンにリザードマンなどの魔物が多数。みんな挑発され、ルコアを必死に追いかけてくる。
「主さま~! いっぱい連れてきましたよ~!」
ルコアが叫びながら飛んでくる。
四人の冒険者たちは、Aランク以上の危険な災害級の魔物が群れを成して襲ってくるさまに腰を抜かし、シールドの中で真っ青になってうろたえた。
ヴィクトルは苦笑いすると、軽く飛び上がり、
ほわぁぁぁ!
と叫びながら下腹部に魔力を貯める。そして、術式を頭の中で思い描き、手のひらを魔物たちの方へ向けた。
「ルコア、衝撃に備えろ!」
そう叫ぶと、手のひらの前に巨大な真紅の魔法陣を次々と高速に描いていく。鮮やかに光り輝く魔法陣たちは、一部重なりながらどんどんと集積し、キィィィ――――ン! とおびただしい量の魔力を蓄積しながら高周波を放つ。
冒険者たちはその、神々しいまでの魔法陣の輝きに圧倒され、みんな言葉を無くした。見たこともない超高難度の魔法陣、それが多数重なっている。それも通常以上に魔力を充填され、音が鳴り出すくらいになるなど聞いたこともなかったのだ。
ヴィクトルは魔物たちが全員、丘を越えたのを確認すると、
「それ行け! 絶対爆炎!」
とノリノリで叫ぶ。
魔法陣群が一斉にカッと輝き、鮮烈な輝きを放つエネルギー弾を射出した。
直後、魔物たちに着弾すると、天も地も世界は鮮烈な光に覆われた。激しい熱線が草原や森を一気に茶色に変え、炎が噴き出す。
すさまじい爆発エネルギーは衝撃波となって、白い繭の様に音速で球状に広がり、森の木々は根こそぎなぎ倒され、冒険者たちのシールドに到達すると、ズン! と激しい衝撃音を起こし、みんな倒れ込んだ。
「キャ――――!」「ひぃぃぃ!」「うわぁぁぁ!」
石や砂ぼこりがシールドにビシビシと当たり、まるで砂嵐のような状態である。
それが過ぎ去ると、目の前には巨大な真紅のキノコ雲が、強烈な熱線を放ちながらゆっくりと立ち昇っていく……。
シールドで身を守っていたヴィクトルはその様を見ながら、やり過ぎたと思った。確かに見せつけてやろうとは思っていたものの、まさかここまで大規模な爆発になるとは予想外だったのだ。これを王都に向けて放ったら一瞬で十万人が死に、街は瓦礫の山になるだろう。
そして、ここまでやっても全然MPには余裕があったし、これより強力な攻撃を何度でも連射可能だった。そんな自分の異常な攻撃力に恐ろしさを覚え、ついブルっと身震いをしてしまう。
妲己を倒すために一年頑張ったが……、自分は開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのではないだろうか?
ヴィクトルは高く高く立ち昇っていく灼熱のキノコ雲を見上げながら、言いようのない不安を感じていた。
3-4. 固まる上級魔人
キノコ雲が霧消していくと、ヴィクトルは爆心地に飛んだ。焼けただれ、焦土と化した丘には巨大なクレーターがあり、ポッカリと大穴をあけていた。見ると、大穴の底には広大な広間が見える。なんと、ダンジョンの次の階層にまで穴をあけてしまったようだ。
ヴィクトルはやり過ぎたことを反省し、大きく息をつく。
その後、探索の魔法を使って魔石を探したが、サイクロプスの魔石は一つしか見つけられない。
飛び散ったか壊れたか……、ヴィクトルはこの狩り方は止めようと思った。
◇
ヴィクトルは戻ると、冒険者たちのシールドを解く。
すると、彼らは口々に、
「ま、魔王様……」「魔王様お許しを……」
と、焦点のあわない目で言いながら、ヴィクトルに許しを請い始めた。
「いや、ちょっと、僕、魔王なんかじゃないから!」
ヴィクトルは強く言ったが、冒険者たちはおびえて話にならない。
すると、ルコアは、
「主さまは魔王なんかじゃないわ。魔王なんかよりずっと強いんですよ! 頭が高いわ!」
と、余計な事を言った。
「ご無礼をお許しください!」「大変失礼いたしました!」
冒険者たちは土下座を始めてしまう。
ヴィクトルはため息をつき、得意げなルコアをジト目で見ると、
「もう、帰るよ」
と、言った。
ヴィクトルは床にシールドを展開すると、冒険者たちを乗せ、クレーターの上まで飛ぶ。
「ねぇ、ルコア。あそこから帰れる?」
ヴィクトルはクレーターの底を指さして聞いた。
「あらまぁ! ダンジョンの床を貫通なんてできるんですね!?」
ルコアは目を丸くする。
「こんな構造になっていたなんて初めて知ったよ」
「私も初めてです。行ってみましょう」
一行はクレーターの奥底に開いた下のフロアへと降りて行った。
◇
降り立つとそこは広大な広間だった。いわゆるボス部屋という奴だ。
奥の壇上には豪奢な椅子があり、そこに魔物が座っていたが……、魔物は一行におびえ、固まっている。
いきなりとてつもないエネルギーで天井をぶち抜かれたのだ、ヴィクトルは少し申し訳なく思った。
「あら、アバドンじゃない……」
ルコアはそう言うとスタスタと魔物に近づく。
「あ、ルコアの姐さん、ご無沙汰してます」
アバドンと呼ばれた魔物は頭を下げた。どうやら知り合いらしい。
「ゴメンね、穴開けちゃった」
「あー、大丈夫です。自然と修復されますんで……」
「出口はどっち?」
「そちらです。今開けますね……」
アバドンは手のひらで奥の扉を指し、ギギギーっと開けた。
「ありがと、また、ゆっくりとお話しましょ」
ルコアはニッコリとほほ笑む。
冒険者たちは驚愕した。言葉を話す魔物、それは上級魔人であり、Sクラスのパーティーでも簡単ではない魔物だ。そんな天災級の災厄がルコアに頭を下げている。
美しく流れる銀髪に澄みとおる碧眼、見るからにただ者ではない雰囲気ではあったが、まさかここまでとは想像をはるかに超えていたのだ。
そして、その彼女が仕える金髪の可愛い子供はさらに強いはずだ。さっきの大爆発などほんの序の口に過ぎないだろう……。
ジャックはとんでもない人に軽口をたたいていた自分を深く反省し、改めて恐怖でガタガタと震えた。
「主さま、行きましょ!」
そう言うと、ルコアはヴィクトルの手を引いてドアから出ていく。
冒険者たちは、アバドンに何か言われないかビクビクしながら後を追った。
◇
ドアの外のポータルから地上に戻ってきた一行。
「ここからはもう自分達で帰れるね?」
ヴィクトルはジャックに聞いた。
「は、はい! ありがとうございました!」
ジャックは緊張し、背筋をピンと伸ばして冷や汗を流しながら答える。
「くれぐれも今日見たことは……、わかったね?」
ヴィクトルは鋭い目でジャックを射抜いた。
「も、もちろん! 神に誓って口外は致しません!」
ジャックは目をギュッとつぶりながら誓う。
「約束破ったら……、王都ごと焼いちゃう……かもね? うふふ……」
ルコアが横から物騒なことを言う。
「決して! 決して! お約束は破りません!」
ジャックは冷や汗でびっしょりである。
ヴィクトルはちょっとやりすぎたかなと思いつつ、トンと地面を蹴ると、一気に空に飛んだ。
ルコアもついてくる。
「ルコア、さすがに王都は焼かないよ」
軽やかに飛びながらヴィクトルは言う。
「うふふ、ああいう輩には強く言っておいた方がいいのよ」
ルコアは銀髪をたなびかせながら、あっけらかんと答えた。
3-5. 龍のウロコの願い
二人はカフェにやってきて、早めのランチにする。
ルコアは昨日と同じくベーコンを五本である。
コーヒーをすすりながらヴィクトルは、サイクロプスの魔石を眺めた。
「ウロコが要るのかしら?」
ベーコンをかじりながら、ルコアがジト目でヴィクトルを見る。
「悪いねぇ」
ヴィクトルは手を合わせた。
ルコアは口をとがらせながら、アイテムポーチから黒く丸い板を出す。
「はい、高いわよ~」
ヴィクトルはありがたく受け取って、そのキラキラと輝くウロコを眺める。ウロコには年輪のような微細な模様が入り、まるで黒曜石のような重厚な質感で、陽の光を浴びて不思議な光を放っていた。
「うわぁ、綺麗だねぇ……」
思わずヴィクトルはため息を漏らすと、
「柔肌の方が……、もっと綺麗よ……」
そう言ってルコアは、いたずらっ子の笑みを浮かべながら、胸元を指先で少しはだけさせた。
「うわ、ダメだよこんな所で!」
ヴィクトルは頬を赤らめながら周りを見回す。
「うふふ、じゃ、後でゆっくり……ね」
ルコアはニヤニヤして胸元を整えた。
「いや、見せなくて大丈夫だから……」
「あ、一つ言うこと聞いてもらう約束ですよ?」
ルコアはドヤ顔でニヤッと笑う。
ヴィクトルは真っ赤になってコーヒーをグッと飲んだ。
◇
「持ってきましたよ」
食後に、ヴィクトルは防具屋へ行って、店主にウロコと魔石を渡した。
「えっ!? 本当か!? 坊主すごいな!」
店主はウロコを明かりに透かし、ルーペで拡大し、ジッと見つめる。
「おぉぉぉ……、本物だ。質もいい。暗黒龍のウロコなんてどうやって手に入れたんだ?」
店主は感嘆して聞く。
「ちょっと伝手がありまして……。暗黒龍の方が普通の龍よりいいんですか?」
「そりゃぁ当り前よ! 暗黒の森の王者、暗黒龍の魔力はこの世で最高クラス。ウロコにも長年かけて上質な魔力がしみ込んでるからね」
「へぇ、暗黒龍ってすごいんですね」
そう言ってルコアをチラッと見た。
ルコアは胸を張って得意げである。
「暗黒龍に勝てる人間なんてこの世にいないからね。その人はどうやって手に入れたんだろう?」
「龍の願い事を聞く代わりに一枚貰ったらしいですよ」
ルコアが横から余計な事を言う。
「龍の願い事……? 一体それは何なんだ?」
「さぁ……。幸せな時間を一緒に過ごすとかじゃないですかねぇ……?」
ルコアはそう言ってニコニコしながらヴィクトルを見た。
ヴィクトルは渋い顔をする。
「幸せな時間? なんだか哲学的だなぁ」
「そう、愛は哲学ですね」
ルコアは幸せそうに目をつぶって言った。
「まぁいいや、坊主! 採寸してやるからそこへ立って」
店主はヴィクトルの身体を測り、メモっていく。
「すぐに大きくなるから、ちょっと大きめで発注しような」
店主はニコッと笑ってヴィクトルの顔をのぞき込む。
そして、ウロコを丁寧に布袋にしまうと、
「さっそく職人さんに出しておくよ。出来たらギルドに言付けしとくから」
そう言ってヴィクトルの頭をくしゃくしゃとなでた。
◇
「もぅ、余計な事言うんだから……」
店を出ると、ヴィクトルはむくれてルコアに言った。
「ふふっ、いいローブが手に入りそうで良かったじゃないですか」
ルコアは悪びれもせずに言う。
「そうだけど……」
「でも、約束、忘れないでくださいよ」
ルコアはうれしそうに言った。
「わ、分かったよ。早く決めてよ?」
「はいはい、何にしようかなぁ?」
ルコアは銀髪をゆらしながら宙を眺め、幸せそうな表情を見せる。
透明感のある白い肌はみずみずしく、日差しを浴びて艶やかに輝いていた。
ヴィクトルはそんなルコアを見て、自然と笑みが浮かんでしまう。
◇
二人は昼下がりの気持ちのいい日差しの中、石畳の道を歩いてギルドまでやってきた。
ドアを開けると、ロビーのところで救出した冒険者たちとマスターが話をしている。
「お、噂をしたら何とやらだ。ありがとう」
マスターはそう言ってにこやかに右手を差し出す。
ヴィクトルは握手をすると、
「変な噂じゃないでしょうね?」
そう言って四人をジロリと見た。
「い、いや、無事に戻ったという報告だけです! 本当です!」
ジャックは必死に説明する。
「彼の言う通り、私は何も聞いてないよ。本音を言えば聞きたいが……、約束は約束だからな。ただ、君が頼もしいことだけは良く分かった」
マスターはそう言ってニヤッと笑った。
「私は目立たずひっそりと暮らしたいので、目立たせないで下さいよ」
ヴィクトルは渋い顔をする。
3-6. 決闘は裏庭で
ギギギー
ドアが開き、ドヤドヤと男が四人入ってくる。赤ラインの白シャツに金の装飾がついたジャケット、王国の騎士だ。
「ギルドマスターはいるか?」
班長っぽい男が横柄に声をあげた。
マスターは怪訝そうな顔をして答える。
「私がマスターだが……、何か御用ですか?」
「ほう、君がマスターか。それにしてもギルドというのは薄汚い所だな!」
班長は周りを見回し、馬鹿にしたように鼻で笑った。
シーンとしたギルドの中に声が響きわたり、不穏な空気が支配する。
「わざわざ、あざ笑いに来たんですか? 騎士様はずいぶんと暇なんですね」
マスターは淡々と返す。
「なんだ、子供までいるじゃないか。ここは保育所もやってるのかね?」
騎士たちはゲラゲラと下卑た笑いを響かせる。
マスターは大きく息をつくと、
「彼はこう見えてCクラス冒険者、頼りになる奴ですよ」
そう言ってヴィクトルの肩をポンポンと叩いた。
「子供にも頼らねばならんとは……、ギルドは大丈夫なのかね?」
班長は薄笑いを浮かべながらマスターをにらむ。
「か、彼を馬鹿にするのは止めてください! 王都の安全のためにも!」
ジャックが血相を変えて叫んだ。
「王都の安全? 子供が王都の脅威になるとでもいうのかね? ただのガキじゃないか!」
班長はバカにしたような眼でジャックをにらむ。
「主さまを侮辱するのは許されませんよ?」
ルコアが黒いオーラをゆらゆらと立ち上らせながら、班長をにらんだ。
「な、何だお前は! そんなにその子が強いなら見せてもらおうじゃないか!」
「弱い犬ほどよく吠える……。主さまのお手を煩わせるわけにはまいりません。まず、私があなた達を倒して見せましょう」
「はっ! 女、言ったな! 王国騎士を馬鹿にした罪は重いぞ、決闘だ! 叩きのめしてやる!」
にらみ合う二人……。
「ここはロビーです、決闘は裏でお願いします」
マスターはニヤッと笑って裏庭へと案内した。
◇
ルコアはスタスタと裏庭の真ん中まで歩き、くるっと振り向いた。銀髪がサラッと流れ、陽の光を反射してキラキラと煌めく……。
そして、カッと碧い瞳を見開くと言った。
「面倒だ、全員でかかってきな!」
騎士たちはお互いの顔を見合わせる。素手の女の子相手に一斉に斬りかかるというのはどうなのだろうか、と躊躇していたのだ。
「お前ら舐められてるぞ! 手加減不要! 叩きのめせ!」
班長が檄を飛ばす。
三人の騎士たちは剣をすらりと抜き、息を整え、中段に構えると、
「ソイヤー!」「ハ――――ッ!」「ヤ――――!」
と、掛け声をかけながらルコアに迫る。
ルコアはニヤッと笑うと、真っ青な瞳の中に青い炎をゆらりと揺らし、そしてキラリと光らせた。
「へっ?」「うわぁ!」「ひぃ!」
騎士たちは急に足を止め、驚き、混乱する。
そして、何もない斜め上に向けて必死に剣を振り回しはじめた。
「お、おい! お前ら何やってる!?」
班長は青い顔をして叫ぶ。
「ば、化け物だ!」「何だこれは!」「うわぁ止めろぉ!」
騎士たちは必死な形相で後ずさりながら、やみくもに剣を振り回す。
そんな姿をルコアはうれしそうに眺めていた。
そして、頃合いを見計らうと、右手を高く掲げ、パチン! と指を鳴らす。
「うわぁぁぁ!」「ぐぅぅ!」「くふぅ!」
騎士たちは絶叫して次々と倒れ、気を失ってしまう。
三人が口から泡を吹きながら、失禁し、白目をむいている姿はただ事ではない。やじ馬たちは唖然として無様な姿をさらす騎士たちを眺めていた。
班長はワナワナと身体を震わせ、剣をスラっと抜くと、
「貴様! 何をした! 怪しい術を使いやがって正々堂々と勝負しろ!」
と、吠える。
「単に幻覚を見せただけ。こんな初歩的な術にかかるなんて、騎士って日頃どんな訓練してるんですかねぇ?」
そう言ってケラケラと笑った。
「バカにしやがって! 死ねぃ!」
班長は顔を真っ赤にして剣を構えたまま突進し、ルコアに向けて鋭い斬撃を放った。
目にも止まらぬ速さで振り下ろされた美しい刀剣……。
キン!
なぜか剣は吹き飛ばされ、クルクルと回転しながら建物の岩壁に突き刺さり、ビィ――――ン! と振動音を放つ。
ルコアは微動だにせず、ただクールな微笑みを浮かべていただけだった。にもかかわらず、剣は勝手に弾き飛ばされたのだった。
「は!?」
班長は何が起こったか分からず、真っ青な顔で冷や汗を流した。
ルコアはニヤッと笑うと班長にゆっくりと近づき、耳元で、
「次、主さまを侮辱したら……、殺すわよ」
そう言って、しゃなりしゃなりとワンピースのすそをゆらしながら、ヴィクトルの方へ歩いて行く。
「主さま~、勝ちましたよ~!」
ルコアは無邪気に大きく手を振ってうれしそうに笑った。
3-7. 弟子の造反
班長は痺れる手をさすりながら、うなだれ、言葉を失う。
見知らぬ幻術で部下は全滅、自信のあった剣術も全く通用しなかった。強さの次元が違う……。王国最強を誇る騎士団長ですらこれほどまでの強さは無いのだ。
班長はちらっとヴィクトルを見る。金髪碧眼の可愛い子供……、あの子は彼女よりも強いらしい……。班長はゾクッと背筋に冷たい物が流れるのを感じる。
なるほど、『王都の脅威』としたあの男の言葉は本当だった。彼女とあの子が攻めてきたら騎士団全員を投入しても止められない。まさに王都の脅威だった。
班長は何度か深呼吸を繰り返すと、ヴィクトルのところへと足を進め、手を胸に当て、頭を下げて謝る。
「我々の負けです。大変に失礼をいたしました」
ヴィクトルはうんうんとうなずくと、
「大丈夫、彼女に勝てる人なんていないから」
そう言ってニコッと笑った。
「えっ? でも、あなたは勝てるんですよね?」
班長は不思議そうに聞く。
「あぁ、まぁ……」
すると、ルコアがドヤ顔で言い放つ。
「主さまは別格です! 何と言っても主さまは大賢じ……」
ヴィクトルは焦ってルコアの口をふさぐ。
「え? だいけんじ……?」
首をかしげる班長。
「違う違う、だ、『大剣使い』ってことですよ?」
苦し紛れの言い訳をするヴィクトル。
「えっ!? その体で大剣使うの!?」
「そうそう、剣の方が大きいんですよ。秘密ですよ、はははは……」
何とも言えない空気が周囲に流れる。
ヴィクトルはジト目でルコアをにらみ、ルコアは目を泳がせた。
◇
「ところで、君たちは何しに来たのかね?」
腕組みをしたマスターがニヤニヤしながら、班長に聞く。
「とあるミッションに『ギルドの助力も得よ』との指示があり、相談に上がりました」
「とあるミッション?」
「ちょっとここでは……」
そう言って班長は周りを見回す。
「おい、お前ら、見世物は終わりだ! みんなギルドに入れ!」
マスターはやじ馬たちを追いやった。
「あ、あなたたちは残って欲しいんだが……」
班長は、立ち去ろうとするヴィクトルとルコアに声をかける。
「えー、国の依頼なんて嫌ですよぅ」
ルコアは露骨に嫌な顔をした。
「話だけでも聞いてくれないか?」
班長は頭を下げる。
「話……聞くだけですよ」
ヴィクトルも嫌そうに言った。
班長はやじ馬が居なくなったのを確認すると、小声で話し始める。
「実は国王陛下の護衛をお願いしたい」
「陛下の護衛? そんなのあなた達の仕事ですよね?」
ヴィクトルはいぶかしげに返した。
「それが……、テロリスト側にどうも奇怪な魔法を使う魔導士がいて、我々では守り切れない懸念があり……」
「奇怪な魔法?」
「重力魔法と火魔法を混ぜたような物という報告がありまして……」
ヴィクトルは背筋が凍った。重力魔法と火魔法を混ぜるというのは前世時代、賢者の塔で研究していたテーマの一つである。上手く混ぜることで殺傷力を高められることは分かったが、危険なため封印していた成果だった。もし、それが使われているとなると、それは賢者の塔の関係者が加担しているということであり、自分の責任と言える。
ヴィクトルは青ざめた顔でうつむく。弟子のうちの誰かがやっている……。一体誰がやっているのか……。
「護衛なんてやりませんよ! ね、主さま?」
ルコアがムっとした様子で言った。
ヴィクトルは腕組みをしてしばらく考える……。
弟子はみんな正義感もある、しっかりとした者ばかりだった。一体誰が……。
しかし、いくら考えても分からない。
そして、大きく息をつくと言った。
「日程は?」
「四日後にサガイの街への移動があり、これに同行いただきたい」
班長は真剣な目をして言う。
「え? まさか、主さまやるんですか?」
ルコアは目を丸くする。
ヴィクトルは大きく息をつくと言った。
「ルコア、悪いが付き合ってくれるか?」
「え――――! でも……、主さまがやるなら……付き合いますよ、そりゃぁ……」
口をとがらせるルコア。
「悪いね、ありがと!」
ヴィクトルはルコアの背中をポンポンと叩く。
「受けますので、条件などはマスターと詰めてください」
ヴィクトルはそう言うと、足早にギルドを後にした。
3-8. 月旅行の気分
部屋に戻ると、ヴィクトルは怖い顔をしてゴロンとベッドに横たわった。
「主さま、どうかしたんですか?」
ルコアが心配そうに聞いてくる。
ヴィクトルは言おうかどうか迷ったが、巻き込む以上正直に話そうと思った。
「襲ってくるのは弟子かも知れん……。この手で捕まえ、理由を聞かねばならん……」
ヴィクトルは重い調子で言う。
「え? 大賢者の弟子……ですか?」
「そうだ。そんな事をやる奴が居たとは思えないんだけど……」
ヴィクトルは目をつぶり、ため息をついた。
「主さまは傲慢すぎですよ」
「えっ? 傲慢?」
「どんなに大賢者でも、他人の心の中まで支配できると考えるのは傲慢すぎです」
ルコアは優しい顔でヴィクトルの頬をそっとなでた。
「いや、しかし、国王を殺そうとするなんて異常だよ」
「主様……。正義は人の数だけあるわ……。百人いたら百通りの正義があるの。貧困層や政敵など、国王殺すことが正義な人なんていくらでもいるわ」
ヴィクトルは考え込んでしまった。自分は弟子たちの気持ちもしっかり理解していると思っていたが……それは幻想だったのかもしれない……。
「そんな怖い顔、主さまに似合わないわ」
ルコアはそう言って、ヴィクトルにのしかかるようにハグをする。
「うわぁぁ 何するんだ!」
ヴィクトルはルコアの豊満な胸に抱かれて焦る。
「こうすると落ち着くでしょ? 頭で考えずに心で感じると正解は見えるわ」
そう言ってルコアは優しく頭をなでた。
ルコアなりの思いやりなのだろう。ヴィクトルは観念して深呼吸を繰り返し、ただ、柔らかく温かな体温を感じる。
例えテロリストが誰であれ、見つけ出して叩くことは変わらない。ヴィクトルは考える事を止めた。
そして、ルコアの優しい柔らかい匂いに癒されながら、薄らいでいく意識に身をゆだねる……。
◇
バシッ!
いつものことで、またかと思いながらヴィクトルは目覚める。
二人とも寝てしまっていたのだ。
あくびをしながら窓際まで歩き、街の様子を眺める……。
日が傾き、窓の外では黄色がかった光に長い影が街に伸びている。
通りの向こうには白く上弦の月が昇ってきていた。
ヴィクトルはボーっと月を眺める。
「綺麗だなぁ……」
しかし、この世界が作りものだとしたら、この月も作り物だ……。
「月ねぇ……」
ヴィクトルは月をじっと見ながら考えこむ。月に行ったら何があるのだろうか……?
行ってみたらこの世界が作り物な証拠があったりするだろうか? 宇宙へ行くなど今まで無理だと思っていたが、レベル千相当の魔法が使えるのだ。宇宙くらい行けるだろう。
しかし……今まで宇宙へ行った人などいない。どうやったら安全に行けるだろうか……。
ヴィクトルはしばらく宇宙旅行について思案をめぐらした。
◇
「よしっ!」
ヴィクトルは意を決すると、ベッドに戻り、
「ルコアー、寝すぎると良くないぞー」
と、幸せそうに寝息を立てるルコアをゆらした。
「うーん、もう少し……」
ルコアは向こう側へ寝返りを打つ。
「なんだよ、服着てても寝られるじゃないか」
ヴィクトルが文句を言うと、
「あー、寝苦しい! 服はダメだわー」
と、言いながらむっくりと起き上がり、大きく伸びをするルコア。
ヴィクトルは呆れながらベッドに座って言った。
「ねぇ、ルコア、月に行った事ある?」
「へ!?」
寝ぼけ眼で聞き返すルコア。
「月だよ、月。空に浮かんでる奴さ」
「行ったことなんてないですよ! あんなところ行けるんですか!?」
「見えるんだから……、行けるんじゃないの?」
ルコアは腕組みして首をゆらす。
「行って……、何するんです?」
「レヴィア様が『この世界は作られた世界だ』って言うんだったら、一旦この星を抜け出すと何か証拠を見つけられるんじゃないかと思って」
ルコアは大きくあくびをして、
「主さまが行くならお供しますけど……、見るからにつまらなそうなところですよね、月って」
そう言って、眠そうな目でヴィクトルを見る。
「いやいや、何か面白い物あるかも知れないよ。ひとっ飛び行ってみよう!」
ヴィクトルはうれしそうに言った。
3-9. 宇宙でランデブー
二人は宿の上空でふわふわと浮かびながら準備をする。
ルコアはヴィクトルの背中におぶさり、ヴィクトルは二人の周りに卵型のシールドを何枚もかけ、さらに、水中でも息が苦しくない魔法を自分たちにかけた。
「これで準備OK! じゃあ、宇宙へ行くよ!」
ヴィクトルはワクワクしながら言う。
「本当に大丈夫ですか? 寒かったり暑かったりしないんですか?」
ルコアは不安げだった。
「それは行ってみないと何とも……」
「大賢者様たのみますよぉ……」
「いやいや、宇宙行った人なんて誰もいなんだから仕方ないよ」
「ふふっ、二人で世界初のランデブーですねっ!」
「ラ、ランデブーって……。行くよ!」
ヴィクトルは頬を赤らめながら飛行魔法に魔力を注入し、軽やかに宇宙へ向かって旅立った。
夕暮れの日差しにオレンジ色に輝く石造りの街が、どんどんと小さくなっていく。やがて城壁に囲まれた王都全体が視野に入り、それも小さくなる。
「すごい、すごーい!」
ルコアは楽しそうにヴィクトルをギュッと抱きしめた。
「おとなしくしててよ!」
「いいじゃないこれくらい……。ふぅ――――」
ルコアはヴィクトルの耳に温かい息を吐いた。
「もう! 降ろすよ!」
「ハーイ、おとなしくしまーす」
ルコアは棒読みのような返事をする。
「もぅ……」
そう言ってる間にもどんどんと高度は上がり、雲を突き抜ける。
眼下には王都を囲む山々が見え……、それも小さくなっていく。
「さて、そろそろ全力で行くぞ! つかまっててよ!」
「はーい」
ルコアはうれしそうにギュッとヴィクトルを抱きしめた。
ぬおぉぉぉ……!
ヴィクトルは魔力を全力で投入する。
二人は凄い加速を受け、一気に音速を超えた。
ドン!
「きゃあっ!」
ルコアが顔を伏せる。
「大丈夫だよ、どんどん行くよ!」
二人は夕陽に照らされる中、どんどんと高度をあげた。
シールドはビリビリと音をたて、先端は空気を圧縮し、赤く輝きだす。
眼下には山々と、入り組んだ海岸線。地図でしか見たことのなかった国土の全貌が子細に見渡せる。
「こんな形してたんですねぇ……」
ルコアが感慨深げに言う。
「暗黒の森はまだまだもっと西だね。もっと高度を上げるよ」
さらにしばらく上がっていくと、シールドが静かになった。もう外は空気が無いらしい。そして、青かった空はいつの間にか真っ黒となり、宇宙へと入ってきた事が分かる。
「うちの星、丸いですねぇ……」
ルコアがつぶやく。
西の方には大陸が広がっており、地平線は丸く湾曲し、太陽が沈みかけている。東の方はずっと海が広がっていて、すでに真っ暗、夜になっていた。国土は細長い島のようになっていて、西側の大陸と東側の海の間に浮いている。王都の辺りはちょうど昼と夜の境目だった。
「昼と夜はこうやって作られてるんだね……」
ヴィクトルは、昼と夜の境界線を感慨深げに眺めながら言う。
「私、こんなの初めて見ました……。すごい……幻想的……」
ルコアは、青く美しい星に描かれる光と闇の境界線に見とれていた。
「さて……、月だけど……、これ、どうかなぁ……?」
ヴィクトルは上空はるか彼方にある上弦の月を見ながら言った。
「全然近づいてませんねぇ……。むしろ小さくなってませんか?」
ルコアは嫌なことを言う。
「小さく見えるのは錯覚だと思うけど……、全然近づいてる感じはしないよね」
「これ、何日もかかるんじゃないですか?」
「うーん、そうかもしれない……」
ヴィクトルは困惑した。
「おトイレは……どうするんですか?」
ルコアが心細げに聞いてくる。
「え? もうしたいの?」
「まだ……我慢……できるかも……」
モジモジしながら言った。
なるほど、長時間かかるならその辺の準備もしないとならないのだ。
ヴィクトルは大きく息をつくと、
「月は相当に遠い事が分かった。この星も丸いし、国の形も良く分かった」
そう言って魔力をゆるめる。
「良かった……」
ルコアはホッとしたように、ふぅとため息をついた。
3-10. 開く地獄の釜
二人はしばらく、夜に浸食されていく足元の長細い島をじっと眺めていた。
やがて太陽は大陸のかなた、円弧となった地平線の向こうに真紅の輝きを放ちながら沈んでいく。
「綺麗ね……」
ルコアが耳元でつぶやきながらヴィクトルの手を取った。
「あぁ、こんなに赤い太陽は初めて見たよ」
ヴィクトルはそう言いながらルコアの手を両手で包む。
すっかり冷えてきたシールド内では、お互いの体温がうれしかった。
太陽が沈むと一気に満天の星々が輝きだす。ひときわまばゆく輝く宵の明星に、全天を貫いて流れる天の川。それは今まで見てきた星空より圧倒的に美しく、幻想的に二人を包む。
下の方ではところどころに街の明かりがポツポツと浮かび、街のにぎやかさが伝わってくるようだった。闇に沈む大地に浮かぶ街の灯りは、まるで灯台のように道しるべとなってくれる。
しばらく二人はその幻想的な風景を静かに眺めた。自分たちが何気なく日々暮らしていた細長い島。そこに訪れた夜に浮かび上がる、人々の営みの灯。それは尊い命の灯であり、人類という種が大地に奏でる光のハーモニーだった。
「素敵ね……」
ルコアがつぶやく。
ヴィクトルはゆっくりとうなずき、大地に生きる数多の人たちの活動に魅入られて、しばらく言葉を失っていた。
例えこれが作り物の世界だったとしても、この美しさには変わらぬ価値がある。ヴィクトルの心に、思わず熱いものがこみ上げてくる。
「あっ、あれ何かしら?」
ルコアが指さす先を見ると、暗い森の中に何やら赤く輝く小さな点が見える。
「場所的には暗黒の森の辺りだね……。あの辺は人はいないはずだけどなぁ。何が光ってるのだろう……」
ヴィクトルはそっと涙をぬぐうと、降りて行きながら明かりの方へと近づいていった。
徐々に大きくなって様子が見え始める。
「あっ、あれ、地獄の釜だわ!」
ルコアが驚いて言う。
「地獄の釜?」
「魔物を大量に生み出す次元の切れ目よ! きっとたくさんの魔物があそこで湧き出しているわ!」
「えっ!? それはヤバいじゃないか!」
焦るヴィクトル。
「誰がそんなこと……」
眉をひそめるルコア。
「妲己だ……」
ヴィクトルは『手下を準備する』と言っていた妲己の言葉を思い出し、思わず額に手を当て、ため息をついた。
「地獄の釜を開いたとしたら……十万匹規模のスタンピードになりますよ?」
ルコアは不安げに言う。
「この位置だと襲うとしたらユーベ……。マズいな……」
ヴィクトルは去年まで住んでいた街が滅ぼされるのを想像し、ゾッとした。
「よしっ! 殲滅してやる!」
ヴィクトルは大きく息を吸うと、下腹部に魔力をグッと込めた。そして両手を前に出し、巨大な真紅の魔法陣を描き始める。
満天の星々をバックに鮮やかな赤い魔法陣が展開されていったが……途中でヴィクトルは手を下ろしてしまった。
そして、うつむき、何かを考えこむ。
「主さま……? どうしたんです?」
不安そうにルコアが聞く。
「これ、妲己との開戦になっちゃうよね……」
「きっと応戦されますね。でも、主さまなら余裕では?」
「いや、レヴィア様は『妲己だけじゃない』って言ってたから、うかつに攻撃はヤバいかも……」
「うーん……」
宇宙空間に浮かぶ二人は目をつぶり、考えこむ……。
「攻撃はいったん中止! その代わり、こうだ!」
ヴィクトルは書きかけの魔法陣を消し、今度は巨大な青い魔法陣を描く。そして、パンパンになるまで魔力を込める。魔法陣はビリビリと震えながら青いスパークをバリバリと放った。
「主さま……、これ、ヤバいですよ……」
ルコアは不気味に鋭く輝く巨大な魔法陣を見て、青い顔をする。
「ふふっ、ヤバいくらいじゃないといざという時に役に立たないよ」
ヴィクトルはニヤッと笑った。