猫とドラゴンを連れ、少年は宇宙へ ~神様はメタバースの向こうに~

11. 明かされた真実

階段を降り、立派な革張りソファに案内される。

「まぁ座れ」

 レヴィアはコーヒーをふるまった。



「あ、ありがとうございます」

「なぜ分かった?」

 レヴィアは鋭い視線を投げかける。

「メタバースがあれだけ精巧な世界を作っているんです。この世界だってメタバースの進化の先にあってもおかしくないじゃないですか」

「ふむ、メタバースは金儲けのために作られておる。ではこの世界は何のため?」

 レヴィアは少し意地悪な表情で聞く。

「えっ!? 何のため……?」

 和真は考え込んでしまった。確かにスパコン一兆個分のコンピューターの開発と運用など膨大なコストがかかる。それに見合うだけの物なのだろうか?

「まぁええ、これは宿題にしておこう」

 レヴィアはニヤッと笑い、コーヒーをすすった。

 和真はふぅと息をつき、軽くガッツポーズをする。

 何とか関門は突破した。この世界がコンピューターの作り出したものだというのはいまだにピンとは来ないが、宇宙エレベーターに金色のドラゴン、もはや疑いようもない。

 これをどう捉えたらいいのか、考えるべきことは山積みではあったが、和真にはそれよりももっと大切なことがある。

 いよいよ目的を切り出した。

「これで仲間ですよね? それで……、お願いしたいことが……」

「なんじゃ? 言うてみい」

 レヴィアはコーヒーをすすりながら真紅の瞳をクリっと動かし、和真に向ける。

「実は……」

 和真は六年前の事故について説明し、その現場を見せてほしいと懇願した。

「それはそれは……、苦労したのう」

 必死に頭を下げる和真を、レヴィアは憐憫のまなざしで見る。そして、目の前に黒い画面をパカッと浮かべ、ローテーブルの上にバーチャルキーボードを設定してタカタカと何かを打ち込んでいった。

「六年前の伊豆……ね……」

 和真はそんなレヴィアを拝むようにじっと見つめる。

「むむっ!」

 レヴィアは急に眉をひそめ、しばらく画面を見つめ固まってしまう。

 薬指がタンタンとテーブルを叩く音が響いた。

 そして、ソファーの背もたれにドサッともたれかかり、腕を組んで宙を見つめる。

「デ、データは残ってますか?」

 和真が心配そうに聞くと、レヴィアはおもむろに起き上がりコーヒーをすすって大きく息をついた。

「お主は我々の仕事は何か知っとるか?」

「え? 地球を運営したり悪さするハッカーを叩いたり……ですよね?」

「そうじゃ、特にハッカー対策が……結構大変なんじゃ」

 レヴィアは腕を組んで渋い顔をする。

「も、もしかして……」

「まぁ、見てもらった方がいいじゃろう」

 そう言うとレヴィアは立ち上がって和真の手を取り、ワープした。



      ◇



 いきなり広がる青空、そして向こうには水平線、見下ろせばそこは伊豆の磯だった。

「えっ? ここはもしかして……」

「六年前の事故現場じゃ」

 レヴィアはそう言いながら磯を指さした。

 その先には子供とその父親らしき人の姿が見える。

「えっ!?」

 和真は固まった。その姿は忘れもしない今は亡き父だった。

 和真にせがまれてこんな伊豆の磯にまでやってきた、黄色いジャンパーの三十代の働き盛りのパパ。

 和真はあまりのなつかしさに思わず涙が湧いてくるのを抑えられなかった。

 そう、そうだった。

 幸せな家庭の風景、失われてしまった父子の温かさがうちにもあったのだ。

 涙をポロポロとこぼしながら、ぼやける視界の先で元気に魚を捕る姿を必死に追いかける。



 やがて問題の場面がやってきた。

 小学生の和真にせがまれて崖を登り始めるパパ。

「パパ! ダメ!」

 和真は思わずそれを止めようと近づこうとする。

 しかし、レヴィアはガシッと和真の腕をつかみ、

「これは記録映像じゃ。止められんし止めても歴史は変わらん」

「えっ、そんな……」

 悲しみではち切れそうな胸を押さえ、うつむく和真。

「お主が見たかったのはあれじゃろ?」

 レヴィアはそう言いながら和真を引っ張りながらツーっと空を飛んだ。

 やがて見えてくる入江。

 そして、そこには奇妙な巨大なものの姿があった。

「へっ!?」

 和真は驚いた。伊豆の入り江に紫がかった茶色い巨大な球状の物が動いていたのだ。そして、その上には白衣を着た男の姿も見える。男の大きさから言うと、見えている部分だけで優に十メートルくらいの大きさがありそうである。

 その現実とは思いがたい奇妙な光景に、和真は思わず息をのんだ。















12. 仇討ちは数学で



「な、何ですか? あれは?」

「まぁ、見ててみぃ」

 レヴィアは淡々と返す。

 やがてパパは崖の突端にたどり着き、入り江をのぞき、固まった。

 直後、海中から巨大な触手がニョキっと顔をのぞかせる。なんと、男が乗っていたのは巨大なタコだったのだ。そして触手がピューッと高速で宙を舞ったかと思うと、その先端でパパの胸を突き、真っ逆さまにつき落とした。

 それは一瞬の出来事だった。

 ザバーン!

 海に転落し、波間に消えていくパパ、そして、

「パ、パパ――――ッ!」

 小学生の和真の悲痛な叫びがこだまする。



 和真はあまりの出来事に固まり、わなわなと体を震わせた。

 事故ではなく殺人だったのだ。

 今までずっと自分のせいだと後悔ばかりしてきたが、そうではなかった。パパは殺されたのだった。

「うわぁぁぁ!」

 激しい怒りの衝動が和真を貫き、和真は白衣の男に向かって飛びかかろうと一気に降下する。

 しかし、直後体が固まり、動けなくなった。

「じゃから映像だと言うとろうが!」

 レヴィアがムッとしながら降りてくる。

「映像……、くぅっ!」

 和真は悔し涙をポロポロとこぼし、何度も拳をブン! と振った。

「あいつはハッカー集団Ellasseのボス【ゲルツ】じゃ。いまだに捕まっておらん」

「えっ!? ハッカー!?」

「こないだお主らに絡んでおったハッカーの組織と根は同じじゃな」

 やがてボスを乗せたまま巨大タコが沈み始める。

「あっ! 逃げちゃいますよ!」

「そうじゃ、この後、あ奴らは豪華客船を襲って沈め、多くの被害を出すんじゃ」

「え? そんな事件聞いたことないですよ?」

「それは……。我々が復旧して無かったことにしたからじゃ」

「……。パパは?」

 釈然としない思いで和真はレヴィアを見た。

 レヴィアは大きく息をつくと、

「この犯行については認識しとらんかった。申し訳ないことをした」

 そう言って目をつぶり、頭を下げる。

「えっ!? そ、そんな! パパを、僕たちの六年を返してくださいよ!」

 和真はレヴィアにつかみかかった。

「今さら過去は変えられん」

「なんでだよぉ!」

 和真はレヴィアのシャツをつかんだまま叫び、ポロポロと涙をこぼす。

 もちろん、レヴィアに悪意があった訳ではないだろうが、それでも父を失い、絶望の中で失った六年に対する怒りの矛先がレヴィアに向いてしまうのは止められなかった。



 レヴィアは渋い顔をしながらそんな和真の背中をさすった。



        ◇



 和真が落ち着くと二人はオフィスへと戻ってきた。

 泣きはらした(まぶた)で和真は、すっかり冷めてしまったコーヒーをすする。

 日ごろ飲まないコーヒーの苦みに顔を少しゆがめ、大きく息をついた。

 レヴィアに当たってしまったが、一番悪いのはハッカーなのだ。あの白衣の男が諸悪の根源であり、仇討(かたきう)ちしてやるしかない。

「あのハッカーを見つけ出して倒せばいいんですね?」

 赤い目をして和真は聞いた。

「そうじゃ。あいつは巧みに潜伏しておっていまだに所在すらわからんのじゃ」

「必ず見つけ出して仇を討ちます!」

 和真はグッとこぶしを握り締め、レヴィアを見つめた。

「うむ、頼んだぞ」

「で、そのために俺は何したらいいですか?」

「まずは情報理論を学んでもらおう」

 レヴィアはそう言うと指先で空間を切り裂き、その向こうから教科書をどさっとテーブルに積み上げた。

「えっ? これを……、勉強するんですか?」

「情報エントロピーも知らん奴がハッカーに勝てるわけがない。情報の世界では情報の本質を制する者が勝つんじゃ」

 和真は教科書を一冊取り、パラパラとページをめくる。そこには数式が当たり前のように並んでおり、思わず宙を仰いだ。

「パパの仇を取るんじゃろ? そのくらいで音を上げてどうする」

「……。もちろんです!」

 和真は目をギュッとつぶったままそう言った。不登校で数学はすでに分からなくなっていたが、今からでも必死に学べば何とか教科書の数式もわかるはずなのだ。しかし、どのくらいかかるだろうか……。

 思わず宙を仰ぐ和真。



「ちょっと準備してくるからお主は教科書を見とけ」

 レヴィアはそう言うと奥の部屋へと入っていった。























13. にゃんこ先生



 教科書を読みつつ、分からないことはスマホの数学のページを検索しながら何とか理解しようと努めること小一時間。頭がパンクしてきたころだった。



「ほい! 先生を連れてきたぞ」

 顔を上げると、レヴィアが腕に黒猫を抱いてやってくる。

「せ、先生……?」

 和真は首をかしげた。

「先生の言うことをしっかりと聞くんじゃぞ!」

 レヴィアはそう言って黒猫をテーブルに放つ。

 黒猫はぎこちなくピョンと飛ぶと、所在なさげにうろうろとし……、そして、教科書の脇に座ると金色のつぶらな瞳で和真をじっと見つめた。

 よく見ると猫はずんぐりとしており、毛並みも毛皮というよりは、もこもことしたフェルトに見える。それは、ぬいぐるみだった。

「へ!? これが……先生? それに……猫じゃない……ぬいぐるみですよね?」

「あー、細かいことは気にするな。この猫はこう見えても優秀でな。情報理論からコーディングまで一通りマスターしておる」

「え!? そんなすごい猫ですか? にゃんこ先生ですね」

 和真はそう言いながら、不思議そうな顔でそっと両手で猫を捕まえ、だき寄せた。

 猫は戸惑った様子を見せながらも静かに和真に抱かれた。

「うわぁ、温かい……。名前は何て言うの?」

 すると猫はキョトンとしてレヴィアを見つめた。

「え? な、名前……?」

 レヴィアは黒猫と目を合わせ、困ったように首を傾げ、言った。

「ミ、ミィ……、にしよう」

「え? 名前無かったんですか?」

 怪訝(けげん)そうな和真

「いや、無いことも……無いんじゃが……。まぁ、ミィでええじゃろ。ええか?」

 すると、猫は可愛い声で答える。

「名前は何でもいい……にゃ」

 和真はそのぎこちない話しぶりにも違和感を感じた。

 名前もないぬいぐるみが先生、一体どういうことだろうか……。

 和真はミィを目の前に持ち上げ、その金色の瞳をじっと見つめる。

 すると、ミィは嬉しそうにニコッと笑うと、ミィ! と可愛い声でないた。

 その愛らしさに和真は思わずほほが緩んだ。

 例え怪しかろうが、行き詰ってる数学を助けてくれる先生は頼もしい味方。今はパパの仇を討つのが最優先なのだ。仲良くしよう。

「じゃ、数学、教えてね、ミィ」

「ま、任せる……にゃ」

 和真はさっそく行き詰ってる教科書のページを指さして聞いた。

「ここの数式がわからないんだけど、なんでこうなるの?」

「見せる……にゃ」

 そう言ってミィは和真の腕からピョンと飛びだすが、着地に失敗してゴロゴロと転がった。

 レヴィアはクスクスと笑っている。

 ミィは恥ずかしそうにしながら教科書をのぞき込む。そして、首をかしげると固まった。

「ちょっとスマホ貸して」

 そう言うと、和真のスマホをパシパシと操作して数学の解説ページを出し、しばらく何かを考えると、

「あー、わかった。これはね……」

 そう言いながら脇に置いてあったペンとメモ帳を使ってサラサラと数式を書き始めた。

「この式はこう変形できるだろ?」

「あれ、ミィ、『にゃ』って言わないの?」

 和真はミィの顔を見る。

 ミィは少し固まって、

「わ、忘れてたにゃ。そんなことより数式見るにゃ!」

 と、怒る。

 レヴィアは目を細め、そんな二人を優しく見つめていた。



         ◇



「ヨシッ! 焼肉じゃ!」

 夕暮れ時になり、レヴィアは奥から出てくると叫んだ。



「え?」

 ポカンとする和真。

「お主らの『けーび隊』加入を祝ってやる」

「あ、ありがとうございます」

「よし、じゃ準備せい、行くぞ!」

 レヴィアは嬉しそうにカーディガンを羽織った。



     ◇



「恵比寿でええか?」

「いや、どこでも……」

 レヴィアは宙を指先でツ-っとなぞると空間を切り裂く。そして両手でぐわっと空間の裂け目を広げると、

「ほれ、行くぞ!」

 と、切れ目をくぐった。

 慌ててついていく和真とミィ。

 裂け目を抜けると薄暗い神社の境内だった。

「ここなら目立たんからな」

 そう言いながら繁華街の方へと進むレヴィア。

 きらびやかな看板が所狭しと並ぶ通りを抜け、にぎやかな人混みを避けるように裏通りへと進んだ。そして、おしゃれな店の前で足を止める。チョークで書かれたメニューが掲げられ、とてもいい雰囲気である。値段を見るとかなり高く、シングルマザーの家庭ではとても食べられない。和真は思わず唾をのんだ。

 大きな木の扉をギギギーっと押し開けたレヴィアは、

「こんばんはー、個室空いてる?」

 と、マスターに陽気に声をかける。

「あら、レヴィちゃん、いらっしゃい。二階の奥にどうぞ……、ん?」

 マスターはそう言いながら和真に抱かれたミィを見つけ、眉間にしわを寄せる。

「あ、ぬいぐるみなのね、よくできてるわねぇ」

 そう言いながらしげしげとミィを見つめ、ミィはバレないように固まっていた。



「マスター、いつもの。それから適当に三十人前ね!」

 レヴィアは上機嫌にそう言うと階段を上がっていった。

















14. FIREなチタンカード



 席で待っていると生ビールのピッチャーとお茶が出てきた。

 レヴィアは小皿にビールを少し注ぐとミィに差し出す。

「え? ミィはビールなんか飲まないよな?」

 和真はミィに聞いたが、

「ビールは至高の飲みものにゃ」

 と、嬉しそうに受け取った。

 首をかしげる和真をしり目に、

「それじゃお主らを歓迎してカンパーイ!」

 と、レヴィアはピッチャーを高く掲げた。

「カンパーイ」「乾杯にゃ」

 レヴィアはピッチャーを傾けゴクゴクと景気よく飲んでいく。

「え? まさか?」

 和真が驚いている間にもどんどんとビールは減っていき、あっという間に飲み干してしまった。

「カ――――ッ! 美味い!」

 レヴィアは目をギュッとつぶって幸せそうに叫ぶ。

 思わず和真はミィと顔を見合わせ、二人して首をかしげた。

 この小さな女子中学生のような体のどこに消えていったのか、和真には見当もつかなかった。ただ、本体があの巨大なドラゴンだとしたらピッチャーくらい大したことないのかもしれない。



        ◇



 レヴィアは山盛りの大皿で出される肉をそのままロースターにぶち込み、ほぼ生のまま次々と貪っていく。

 やがて、チラッと和真を見てニヤッと笑うと、

「焼いたのも一口食わせろ」

 と、和真が大切に焼いている肉に手を伸ばす。

「ここの肉はダメです! 私とミィのですからね!」

 和真は箸でロースターの一角を死守する。

「ケチ臭いのう……」

 渋い顔のレヴィア。

 そして、おもむろに大きく息を吸うと、紅蓮の炎をいきなり肉の山に吹きかけた。

 ゴォォォォ! と轟音が上がり、まるで火炎放射器を浴びたように一斉に肉の油がバチバチとはじける。

 うわぁ!

 和真は驚いて飛びのいた。



「ほれ、焼いてやったぞ。もってけ!」

 レヴィアはさも当たり前かのように、表面が焦げた肉を取って和真とミィの皿に盛っていく。二人はまだ煙の上がる肉を見て、渋い表情で顔を見合わせた。



          ◇



「お、そうだ、忘れとった。ほれ、お主のじゃ!」

 ピッチャーも五杯目となり、調子が上がってきたレヴィアは懐から黒いカードを出すと和真に渡した。

 それは精緻な模様の彫られたチタン製のクレジットカードだった。表面には和真の名前が浮彫されている。

「え? なんですかこれ?」

「うちの社員証兼、利用限度額なしのチタンカードじゃ。好きなもの何でも買っていいぞ」

 そう言ってレヴィアは美味そうにピッチャーを傾ける。

「え? 何買ってもいいんですか?」

「お金なんてただの数字じゃからな。フェラーリでもクルーザーでもフランクミューラーでも好きなもの買え」

「え? や、やったぁ!」

 一瞬にして和真は億万長者になってしまった。シングルマザーで苦労かけてきたママにも楽になってもらえる。和真はいきなりやってきたFIREな人生に何度もガッツポーズを繰り返す。

 そして、地球を創り出し、管理するということの圧倒的な意味を今更ながら実感し、全身に鳥肌が立つのを感じた。



「ただ、明細は我がチェックするからな。おネェちゃんの店とか通ったらバレるぞ!」

 くぎを刺すレヴィア。

「い、行きませんよ! そんなところ!」

「おネェちゃんと飲みたくなったら我を呼ぶんじゃぞ。奴らよりキレイじゃからな」

 レヴィアは腕を頭の後ろに回し、ポーズを決めるとウインクをした。

 しかし、美少女ではあるものの色気はない。

「レヴィアさんはちょっと若すぎですよ」

「おや? お主の愛読書に出てきてたのはもっと幼かったようじゃが……」

 意地悪な笑みを浮かべる。

「そ、そうだ! 本を返してくださいよ!」

 真剣になって叫ぶ和真。

 するとミィが、

「何の本かにゃ?」

 と、不思議そうな顔で和真を見上げる。

「何の本かにゃ?」

 レヴィアは真似をする。

 和真は真っ赤になってうつむいて言った。

「なんでも……、ないです……」



       ◇



 特上カルビをしこたま食べて、満腹になったお腹をさすりながら和真は聞いた。

「それで、テロリストはどうやって探したらいいですか?」

 焼くのが面倒くさくなったレヴィアは、生肉をつまみながら答える。

「ん? 奴らは今、拠点をメタバースに移しとるからな、メタバース内でおとり捜査じゃな」

「おとり捜査?」

「奴らにも活動資金が必要じゃ。じゃが、リアルマネーは我々がキッチリ監視しとるからこの世界ではなかなか稼げんのじゃ」

「それで、メタバース内で稼いでいるんですか?」

「そうじゃ、詐欺で仮想通貨を盗んだり、やりたい放題やっとる」

 肩をすくめるレヴィア。

「詐欺……ですか……」

「奴らも盗んだ仮想通貨はさすがに使えん。マネーロンダリングが要るんじゃ」

「マネーロンダリング……?」

「要は正当な売買行為を通して善意の第三者を装うんじゃな」

「なるほど! その売買行為を見つけ出して捕まえるってことですか?」

 和真はひざをポンと打った。

「そうじゃ、隙を見せて怪しい取引を持ち掛けて来る奴を誘うんじゃ」

「ふむ……。しかしどうやって……?」

「それを考えることもお主らの仕事じゃ」

 レヴィアは丸投げしてピッチャーをぐっと傾けた。

「……。だとしたら協力者呼んでいいですか?」

「あの……、娘か?」

 ニヤッと笑うレヴィア。

「そ、そうですけど……」

 和真は顔を赤くしながら答えた。

「あの娘、可愛いからのう……」

「か、可愛さは関係ありません! 彼女はメタバースですでに画廊も持ってるんです」

「うーん、わかった。仲良くやんなさい。その代わり絶対捕まえるんじゃぞ!」

 レヴィアは真紅の瞳をギョロリと光らせる。

「もちろん、パパの仇! 絶対取ります!」

 和真は負けずに決意のこもった目でレヴィアを見返した。



       ◇



 その晩、和真はベッドの中で、何度も突き落とされていったパパの姿を思い返していた。絶叫しながら真っ逆さまに荒波の中へと消えていったパパ。それは和真の心臓をキュゥっと締め付ける。

 世界を混乱に陥れるにっくきテロリスト、ゲルツ。白衣を着たあの男だけは絶対に許さない。この手で必ず仇を取ってやる。

 和真は布団の中でギュッとこぶしを握った。



「パパ……」

 やがて薄れていく意識の中でつぶやき、涙がツーっと枕にしみていく。

 座布団の上で丸くなっていたミィは静かに目を開けると、ベッドにピョンと飛び乗った。そして、毛布をそっと整え、和真の隣に潜り込む。

 月明かりがモスグリーンのカーテンをほんのりと照らしていた。













15. 5ミリオンダラー



 翌日の夕方、勉強机で和真とミィが情報理論の教科書相手に格闘していると、バーン! とドアが開いた。



「なになに? 呼んだ?」

 上機嫌に叫ぶ芽依。



「あ、いらっしゃ……」

「キャ――――! ネコ! ネコじゃないのよぉ!」

 芽依はダッシュしてミィを抱き上げ、

「あれ……」

 と首をかしげた。

「これ、ぬいぐるみ……なの?」

 怪訝そうな顔でモコモコとしたフェルトの毛皮をじっくりと眺める芽依。

「今はぬいぐるみにゃ」

 ミィはそう言うとピョンと飛び跳ねて逃げだした。

「きゃっ! ……。ど、どういう……ことなの?」

 唖然とする芽依に和真は言った。

「ミィはね、ぬいぐるみだけど、俺の先生なんだ」

「はぁ?」

 芽依は眉をひそめる。

「でね、頼みたいことがあるんだ。お金ならいくらでも払うから協力してくれない?」

 そう言って和真は、昨日の出来事を丁寧に説明した。



 芽依は信じられないという表情で静かに首を振り、固まってしまう。

 ここが仮想現実世界だとしたら自分はゲームのキャラクターと同じになってしまうのだ。それはアイデンティティに関わる問題だった。

「俺も半信半疑だったけどさ、こーんなでっかいドラゴンがバーン! ってしっぽで岩山粉砕しちゃうんだよ」

 和真は身振り手振りでレヴィアの話をする。

「ドラゴン……、あんたドラッグでもキメてたんじゃないの? って、ぬいぐるみが動いてるのよね……」

 そう言いながら、隣で静かに話を聞いていたミィの金色の瞳をのぞき込む。

「和真の話は本当にゃ。僕も最初は信じられなかったけど……」

「ははっ、信じられないって、あなたぬいぐるみなのに変なこと言うのね」

 芽依は笑いながらミィの頭をなでた。

 残念ながらこの世界は仮想現実らしい。目の前でぬいぐるみが生き生きと動いている以上、納得せざるを得ないのだ。

 そして、大きく息をつくと言った。

「で、何? マネーロンダリングを持ち掛けてくるハッカーを(あぶ)り出せってこと?」

「そ、そうなんだよ。頼むよ。パパの仇取らないと、俺は次に進めない……」

 和真は深々と頭を下げた。

 芽依はいぶかしげにミィを見つめる。

「僕からも頼むにゃ」

 ミィは小首をかしげ、おねだりする。

 芽依はミィを抱きかかえると、

「もぅ、しょうがないわねぇ……。可愛いは正義だわ」

 と頬ずりをした。



       ◇



「要は派手に隙のある盛り上がりを見せればいいのよね?」

「よくわからないけど、ハッカーたちに注目されないと意味がないからね」

「軍資金としてまずは……、一億円ね」

 そう言って芽依は手を差し出した。

「い、一億!?」

「何言ってんの! 地球を守るんでしょ? 一億でガタガタ言わないの!」

「ま、まぁそうだけど……。何に使うの?」

 おずおずとチタンカードを差し出す和真。

「仮想通貨買って、協力者たちにバラまくのよ」

 芽依はカードをひったくると、ベッドに飛び乗り、スマホでカードを撮影して購入ボタンをタップした。

「ほいほいほいっと! できたわよ……。あれ……? 5ミリオンダラーだって……、いくら?」

 和真の方を振り向く芽依。

「六億円……」

 和真は額に手を当てて思わず宙を仰ぐ。

「ま、まぁ、地球を救うんだから安いもんよ、はははは……」

 和真は芽依からカードをひったくると、芽依をにらんで言った。

「これから決済は僕がやる! いいね?」

「わ、分かったわよ……」

 芽依は口をとがらせる。

 そして、電子財布(ウォレット)の残高を表示させ、

「うひゃぁ、こんな桁数見たことない!」

 と、うっとりとその高額な表示に見入った。

「頼むからちゃんとやってよ」

 渋い顔で芽依を見る和真。

 すると、ミィがピョンとベッドに飛び乗り、クリっとした黄金の目で聞く。

「で、どういう作戦かにゃ?」

 芽依はミィを抱きかかえると、

「私のコレクションを大々的に宣伝してみんなに爆買いしてもらうのよ」

「え? あの落書きを?」

「落書きとは失礼ね! 和ちゃんにはアートというものが分からないのね」

 するとミィは和真を見て説明する。

「買う人は絵がいいから買ってるわけじゃないにゃ。将来値上がりしそうなら先を争って買うんだにゃ。絵はお(さつ)の模様みたいなものにゃ」

「うーん、みんなに爆買いさせると他の人もつられて買っちゃうって言うこと?」

「にゃんこ先生、さすがだわ! でも、私の絵はいい物よ?」

 芽依はジト目でミィを見て、ギュッと抱きかかえると、思い切りぶんぶんと頬ずりしてモフモフを満喫する。

「うひゃ! くすぐったいにゃ! きゃはぁ!」

 ミィの笑い声が響いた。



        ◇



 それから一か月、和真とミィは三田のオフィスに毎日通って勉強を続けていた。

 簡単なコードを書いては実験をし、ペットボトルの水を純金にすることくらいまではできるようになっていた。

「ミィ、だいぶ上達したと思わない?」

 和真はずっしりと重くなった純金のペットボトルを手に取って、悦に入る。

「単にAPI叩いただけで上達とは言わないにゃ。ふぁ~ぁ」

 ミィは伸びをしながらあくびをする。

「なんだよ~、ほめて伸ばしてよ~」

 和真は口をとがらせた。

 その時だった、東京タワーの方で何かがはじけ、激烈な閃光がオフィスを覆い、何も見えなくなった。

「うわぁぁぁ!」「んにゃぁ!」

 和真もミィも思わず床に倒れ込んだ。

 街路樹は一瞬にして燃え上がり、道を歩く人は血液が沸騰して次々と爆発していく。

 直後、激しい衝撃がマンションを襲う。見ると周りのビルは粉々に砕け、激しい衝撃波に吹き飛んでいった。

 東京が滅んでいく。数百万人が死に、日本人が築き上げてきた世界に誇る大都会が今、瓦礫の山へと変わっていくのだ。

 もう駄目だと和真が覚悟を決めた時、激しく揺れ動いていたマンションがピタッと止まり、轟音が鳴りやみ、静寂がオフィスを包んだ。

「え……?」

 窓の外は時間が止まっていた。

 吹き飛ぶ瓦礫、崩れ落ちるビル群がピタッと止まったまま全てが静止していた。

 タンタンタンと階段を下りてくる足音の方を恐る恐る見上げると、レヴィアが渋い顔をしながらやってくる。

「レヴィア様……。こ、これは?」

「テロリストの核攻撃じゃ。奴らはこうやって示威行為をやってくるんじゃ」

「も、元に戻せるんですよね?」

 和真は真っ青になって聞く。無数の無辜(むこ)の人々が死んでいるのだ。戻せなかったら大変なことだ。

「たいていは直せるが……、奴らもバカじゃない。アカシックレコードの破壊までやられていたら完全には難しいんじゃ」

 そう言いながらレヴィアはテーブルに座って画面を開き、被害状況を確認していった。

「なんで奴らはこんなことを?」

「ワシらの管理が気に食わんのじゃ。自分たちの世界を持ちたいってことじゃな。そんなの認めたら大変なことになる」

 レヴィアは肩をすくめた。

 和真は改めて今の地球が危機的状況にあることを思い知らされ、心臓がキュッとなった。

 レヴィアの尽力で幸い東京は無事復元されたが、いつまでも復元できる保証などない。テロリストの捕縛はまさに急務だった。

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