君の秘密を聞かせて
 *



 この土日は強い寒波が来ているらしく、二日に渡って冷たい風が吹き荒れていた。

 夜空を見上げると、星のない暗闇が広がっていた。白い息が風に吹かれて、あっという間に消えていく。部屋着に薄手のコート一枚じゃ寒かったかもしれない——そう思いながらも、なんとか家族に気づかれずに玄関先にまで到着した私は、そのまま歩き出すことにした。

 日曜日、誰もが家でゆったりとくつろいでいる時間帯。私は息をひそめながら、人気のない住宅街を歩き始めた。

 目的地なんか、なかった。ただ、あの駅のホームで荻原くんと会った日からなんの意味もなく日々を過ごしている自分が嫌になって、ちゃんと考えたいと思った。

 これまでのこと。

 これからのこと。

 歩きながら、まずこの一週間のことを思い返していた。

 あの日、電車にはねられて死ぬつもりだった私。なのに、突然現れた荻原くんに邪魔をされて、私は今だに生きていた。

 なんでだろう。この一週間、駅のホームから飛び降りるチャンスなんていくらでもあったのに。

 駅だけじゃない。赤信号の道に飛び出すチャンスだって、歩道橋の上から落ちるチャンスだって何度もあった。なのになぜか、私はそうすることもなくこうしてのこのこと生きていた。

 なんでそうしていたかというと、ずっと前から〝計画〟していたことを邪魔されて、腰を折られてしまったから。

 けれど一番の要因は、やっぱり荻原くんの存在が大きかったと思う。

 ずっとそばにいて、私を見ている荻原くん。それはまるで監視しているみたいで、命を終わらせようとしている私の気持ちを紛らわせてるようだった。

 お昼休みは一緒にご飯を食べて。帰り際には窓から手を振って。隙間時間には何度も短いチャットを送ってくる。

 日常の中に絶えず荻原くんが入ってくることで、私は〝修ちゃんについて考えること〟を阻止されているようだった。

 そして、荻原くんの思惑通り、流されている自分がいる。

 なんとなく生きている私。もしかしたら私は、荻原くんの思いに乗っかって、わざとそうしているのかもしれない。その方が楽だから。

 だけど……。

 冷たい風が、薄手のコートを通り抜けて私の全身を冷やしていく。

 その寒さは、荻原くんと出会う前の冷たい心を思い出させるようだった。

 一人きりで過ごした、この二日間を思い返す。そして同時に、ベッドの上に置いてきたスマホを思い浮かべた。

 ついこの前まで数時間おきに来ていた荻原くんからのチャットは、この休みに入ってからぱったりと止まっていた。

 連休で会えない以上、普段より余計に来るかと思って身構えていたのに。スマホはいつ見ても静まり返っていて、まるで今の私のように抜け殻になっている。ほっとする反面、たったの五日間で習慣づけられてしまったチャットがなくなって、ぽっかりと穴が開いたような気持ちにもなっていた。

 でも、これが普通なんだ。

 これが、私の普通。私の日常。単にこの一週間がおかしかっただけで、これが私の〝当たり前〟であると、今頃になって思い出していた。

 もしかしたら、荻原くんが私にこだわっていたのはただの気まぐれだったのかもしれない。

 だって、あんなに格好よくて女子生徒の噂になるような人が、私を好きになるはずがない。あったとしても、荻原くんは少し変わった人だから、きっと私のちょっとした行動を廊下かどこかで見かけて勘違いして好きになったに違いない。

 それでアプローチしてみたところ、私がいい反応を示さなかったから飽きてチャットをして送ってこなくなったのかも……。

 なんにせよ、これでよかったのだと思えた。

 明日以降も、荻原くんは私のことなんか忘れて、赤の他人に戻ってほしい。私も荻原くんのことは忘れるから。荻原くんも私の記憶なんか頭の中から消して、もっと違う人とすてきな恋をしてほしい。

 そう。元に戻るんだ。

 一週間前の私たちがそうであったように。お昼ご飯の誘いもなくなって。帰り際に三階の窓から手を振られることもなくなって。私たちの関係はきれいに消滅する。

 荻原くんはよそのクラスの編入生。

 もし廊下ですれ違っても、目を合わせることもない。風の噂で聞いたことがあるだけの、ただの同級生。決して交わることのない、住む世界が違う人。

 そんなふうに、元に戻ることができて、はじめて私は……。

 ——私は、もう一度〝計画〟を実行できるんだ。
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