君の秘密を聞かせて
 気づくと、私は最寄りの駅の前に立っていた。

 ホームの白い明かりが、闇夜にぼんやりと浮かんでいる。どこか冷たいその青白い光に、吸い込まれるように私は近づいていった。

 私がこの〝計画〟を思いついたのは、一年ほど前のことだった。

 修ちゃんが亡くなり、そのことが耐えられなくて、自分を責めてばかりいた日々。そんな中、空から垂れてきた一本の蜘蛛の糸のように私はひとつの希望を見い出した。

 一年間考えて、それでも自分を許せなかったなら、私も修ちゃんのところに行こう。

 一年後の、二月二十六日。修ちゃんと同じ日、同じ方法で。

 いつもの日常の中で、当たり前のように駅のホームに立ち……事故が起こる。私の命はあっけなく消える。修ちゃんが、そうであったように。

 あの日の〝計画〟は、荻原くんが現れたせいでうやむやになってしまったけれど。だからといって私の罪が消えたわけでも、贖罪の機会が失われたわけでもない。

 私がいなければ、修ちゃんは死ぬことなんかなかった。

 私が止めていれば、修ちゃんはこんな悲しい結末を迎えることはなかった。

 やっぱり私は、自分が許せない。苦しくて、つらくて、あれから一年が経った今でも、ここに自分が存在しているという事実が耐えきれない。

 私には、この先の人生を楽しむ権利なんてない。

 生きる資格なんかない。

 だって、修ちゃんの人生を奪ってしまったのは、私なんだから……。

 不意に、鐘の音が響き始めた。

 電車が来るみたいだ。まるでこの世の終わりの合図のように、暗闇の中、警報機の赤いランプが点滅している。

 世界を隔てるように、バーがゆっくりと降りていく。私はそれをじっと見ていた。

 定期券もお金も持ってきていないから、ホームの中には入れない。でももう、そんなことはどうでもよかった。修ちゃんと同じように日常の途中で終わりを迎えようと思っていたけれど、そのこだわりももう、どうでもよかった。

 踏切に向かってゆっくりと進む。

 バーがまるでゴールテープのように見えて、私はそこを超えることを義務付けられているかのように、惹き寄せられていく。

 そして、あと数歩で線路内に入れる、というところで。

 ——それに、気づいた。

「……荻原、くん?」

 踏切の向こう。

 駅前に並んだ、ふたつのベンチ。そのひとつに座る、見知った男の子の姿を瞳が捉えていた。

 どうして?

 なんで、ここに?

 自分の唇が彼の名前を呟いたのに、頭がまだそれを理解できない。

 ただただ混乱して、私の足は自然と止まっていた。

「……芽依ちゃん⁉︎」

 私の存在に気づいた荻原くんが、立ち上がりこちらに走ってきた。

 そして、踏切の向こう側で足を止める。バーを両手で掴み、じっと私を見つめる彼は、間違いなく荻原くんだった。

 それから、私たちはまるで睨み合うかのように、線路を挟んで見つめ合っていた。

 荻原くんは、もし私が一歩でも動いたら同時にこちらに走り出してきそうなほど張り詰めた表情をしている。それにつられて、私は動けずに荻原くんの目を見つめ返していた。

 不意に、目の前を電車が通り抜けた。

 冷たい風が頬を撫でていく。

 まるで、一週間前と同じように。デジャブのように、橙色の車体が目の前を横切り闇夜の中へと消えていく。それを呆然と見送る私も、あの日と同じだった。

 バーが上がると、荻原くんはまっすぐに走ってきて、その勢いのまま私を抱きしめた。

「芽依ちゃん、よかった……! 無事で」

 その強い力は、私の体が折れてしまいそうなほどだった。

 心底ほっとした気持ちが、声色から伝わってくる。荻原くんの、その腕の力強さからも。

 だけれど、私ははじめて男性に抱きしめられたにも関わらず、何の感情も湧き起こってはこなかった。

 ただただ、ひとつの疑問が頭の中を駆け巡っていた。

「……荻原くん。ここで……なに、してるの」

 それをそのまま、呟いた。

 でも、荻原くんは何も答えない。しばらくして私の体から離れても、荻原くんは安堵した表情のまま私の両手を握るだけだった。その視線を無視して、私は荻原くんの背後へと目をやった。

 荻原くんが先ほどまで座っていた、ベンチの上。

 そこには、厚手の毛布が一枚置かれていた。

 それと、コンビニの袋。缶コーヒー。真っ暗な画面を映しているだけの、置き去りにされたスマホ。

 荻原くんへと視線を戻す。

 その体は、保温性の高そうなレインウェアに包まれていた。

「……まさか」

 ——ずっと、ここに、いたの?

 怖くなって、言葉は途中で途切れてしまった。
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