君の秘密を聞かせて
 荻原くんのデートコースは、まずはバスに乗っていくようだった。

 駅前を出発して、二十分。バスを降りるとまた別のバスに乗り換えた。そこからまた少し歩いて到着したのは、いくつもの広場や植物園などが詰まった大きな国営公園だった。

 近場ではメジャーな遊び場だけれど、私は来るのははじめてで、どきどきしてしまった。荻原くんと二人きりという緊張はあるけれど、ここに来れたのはうれしい。でも、ふと思う。

 ここなら電車で来た方が早かったのに。

 そう思って聞いてみると、意外な返答が返ってきた。

「バスの方が、誰かに見られる確率は少ないかなって思って」

〝私、荻原くんと一緒にいるところ……誰にも、見られたくないんです〟

 前に言った、あの言葉。

 覚えていてくれたんだ、と思うと同時に、申し訳ない気持ちになった。

 誰にも見られたくないなんて、自分の存在が否定されるのと同じことなのに。

 ごめんなさい、と呟くと、荻原くんはなんでもない顔をしてかぶりを振った。その顔を見ながら、どこまでも完璧な人だな、と思ってしまった。

 公園はとにかく広くて、万が一この場に知っている人がいたとしても偶然鉢合わせることがないくらいの規模だった。

 自転車を借りて、二人でサイクリングロードを走った。園内は緑に溢れていて、木漏れ日と強い日差しが交互に降り注いでくる。久々に感じる爽快感だった。

 走りながら、自分はどちらかというと人工物より自然を楽しみたいタイプの人間なんだということを思い出していた。

 (まばゆ)い太陽光に、少しだけ気持ちが明るくなっていく。花も木も輝いて、私に見えないパワーをくれる。

「芽依ちゃん、あそこのお店寄ってみる?」

「あ……う、うん」

 荻原くんは、何もかも私のことを考えてこのデートコースを考えてくれていたようだった。

 人に見られにくいところ。

 遠すぎなくて、疲れなすぎないところ。

 人で混雑してなくて、私の好きそうなスイーツがあるところ。

 広い園内にはカフェも売店もいくつもある。私たちは自転車を走らせては止まり、アイスクリームやフランクフルトを食べた。

 自転車で一周六十分の園内は、奥へ進むほどに人が少なくなり、穏やかな空気が流れていた。

「この先にいいスポットがあるんだ」

 荻原くんの案内のままついていくと、大きな広場に到着した。

 広い空。どこまでも続く芝生。遠くにはフリスビーをしている親子連れや、大学生くらいの人たちが木の机に集まって話し込んでいる姿が見える。

 風が吹いて、広場を囲むケヤキの木をさわさわと揺らした。

「気持ちいい……」

「お昼食べよっか。レジャーシート持ってきたんだ」

「あ、でも……何も買ってないよ」

「作ってきた!」

 荻原くんが自分のバッグを指差す。妙に重そうだと思っていたその中身は、彩りのかわいいサンドイッチやサラダの詰まった、二人分のお昼ご飯だった。

 この人は、どこまで用意周到なんだろう。

 何も持ってきていない自分を恥ずかしく思いながら、お礼を言って、ご飯をいただいた。

 荻原くんの料理は、やっぱりおいしかった。凝ってはいないんだけど、お店で買うよりも素材そのままの味わいで、すっかり癒されてしまった。

 食べ終わると、荻原くんは鞄を枕にして寝そべった。

 雲がゆっくりと流れていく。

 穏やかに時が進んでいく。

 こんなひと時は、久しぶりだった。何もない、優しい時間。

 春の訪れを感じる、寒くも暑くもない穏やかな空気に包み込まれて、私も眠りたくなってしまった。

 でも、ふと、罪悪感がよぎる。

 ——修ちゃんもきっと、好きな人とこういう場所に来たかったんだろうな。

〝谷口のやつ、明日デートだってよー。いいなぁ〟

 修ちゃんは、小さい頃は恋愛話に興味がなさそうだったけれど、中学生になってからは時々自分からそういう話題を持ち出すようになった。

 別に、誰が好きだとかどういう人が好みとか、そこまで突っ込んだ話はしなかったけれど。修ちゃんの女の子に対する態度は、学年が上がるにつれ少しずつ変わっていった。

 男の子と接する時は乱暴な言葉使いをすることもあるのに、女の子と話す時は少しトーンを落として優しく接する。私に対しても、同じく。そうして少しずつ変わっていく修ちゃんを、ちょっとだけ、寂しい想いで見つめていた。

 ……私は何をしてるんだろう。

 修ちゃんは、デートもできずに亡くなったのに。

「……疲れた?」

 膝に、荻原くんの指先が触れた。仰向けで寝ていたはずの荻原くんは、いつのまにか横向きになりこちらを見つめていた。

 泣きそうになっていたのを隠すように、私は空を見上げた。

「……ううん、疲れてないよ……。ありがとう、すてきなところに連れてきてくれて……」

 荻原くんは、よかった、と小さく笑った。

 ほっとしたように、目をつむる。

「喜んでくれて安心した。ごめんね、家族旅行とか、親戚のおうちのお泊まりとかには負けるかもしれないけど……」

 そして、自然と言葉は途切れた。でも、私は荻原くんのその何気ない一言を聞き流すことができなかった。

 心臓がぎしりと軋んで、音をたてる。

 唇が自動的に言葉を紡いでいた。

「……ごめん。それ……うそなの」

 告白すると、荻原くんはそっと瞼を開けた。

 横になったまま私を見上げる視線が、私とぶつかる。

 でも、目は逸らさなかった。

「私の、前の土日の話だよね。家族旅行には行ってないの……。親戚の家にも。……荻原くんとお休みの日に二人で過ごすのが考えられなかったから、断りたくて、うそついたの。……ごめんなさい」

 毎週のようにうそをついていたから、本当は荻原くんは察しているんじゃないかと思っていた。

 荻原くんと一緒にいるのが嫌で、適当な理由をでっち上げていること。

 いや、普通ならそう思うはずだ。嫌じゃなかったら、たとえ本当に用事があったとしてもかわりに来週や再来週の予定を空けて調整するはず。

 でも、荻原くんは今の今まで、私の言葉を信じていた。

 それをうそのままにしておくことはできなかった。

「……僕の方こそ、ごめん」

 目を細めて微笑む荻原くんは、微睡んでいるかのように穏やかだった。

「気を遣わせちゃって、ごめん。……本当のこと、話してくれてありがとう」

 首を振った。悪いのは、私の方だ。

 苦しくなってまた空を見上げると、いつのまにか橙色に染まりつつある夕日が目に染みた。
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