君の秘密を聞かせて
 地元の街に着く頃には、すっかり日は落ちて街灯の照明が私たちを照らしていた。

 荻原くんはうちの前まで送ると言い張って、断り続ける私についてきた。両親に見つからないようにと少し離れたところで立ち止まる。今日のお礼を伝えたところで、そうだ、と荻原くんが鞄の中に手を入れた。

「今日の、記念に」

 渡されたのは、キーホルダーだった。

 プラスチックの小さな板に、ポップなキャラクターが印刷されている。驚いて、荻原くんの顔を見つめた。

「え……。……どうしたの、これ」

「さっき、園内のカフェで買ったんだ。何か思い出を残したいなって思って。僕と、おそろい」

 荻原くんが自分の鞄を指し示す。いつのまにか、そこにも同じキーホルダーがついていた。

 たしかに、カフェでこんなキーホルダーが売っていた気がする。トイレにでも立った時にこっそり買ったんだ。全然気づかなかった。

 公園デートの思い出を、形に。

 はじめは、あんなに嫌だったのに。なんだかうれしくなってしまって、それをまじまじと眺めた。

「……ありがとう。大切にするね。……これ、なんのキャラクター?」

 眺めていて、浮かんだ疑問をつい口に出してしまった。

 印刷されたイラストは何かの動物のようで、緑色をした生き物がこちらに向かってウインクをしていた。

 二本足で立っていて、目の横あたりに丸い耳がある。半ズボンを履いていて帽子までしているから、見た目はまるで人間みたいだけれど、何の種類の動物なのかわからない。

 荻原くんは慌てて、自分の鞄のキーホルダーをじっと見直した。

「……えっと、なんだろう。公園のキャラクターであることはたしかだと思うんだけど……。カエル……かな? いや、カメレオン……あ、ただの怪物、なのかも」

 なんだかわからないものを、買ったの?

 ふと荻原くんの手元を見ると、そこには他にもいくつかのキーホルダーが付いていた。

 指先くらいの小さなぬいぐるみだったり、ゴム製の立体的なものだったり、いろいろある。でも、そのほとんどが得体の知れない、なんだか判別できないキャラクターばかりだ。

 服のセンスはいいのに、荻原くんのキーホルダーのチョイスって、よくわからない。

「……変なの」

 思わず、笑ってしまった。

 そしてふと、荻原くんからもらったあのメールの言葉を思い出した。

〝本当は笑いたいのに、笑顔の作り方がわからない〟

 視線を荻原くんに戻すと、荻原くんは今にも泣き出しそうな顔をして、笑っていた。

 そしておずおずと、手をこちらへと伸ばしてくる。大きな右手が、ふわりと私の頭に触れた。

 その手を見ていないと気づかないぐらいの、優しい触り方。

 でもたしかに感じた、荻原くんの温度。

 その手はすぐに引っ込められて、荻原くんは早口でまた明日、と言い残し、去っていった。

〝自分を責めないで〟

 蘇る、あの言葉。

 ぎりぎりのところで私を支える、荻原くんの言葉。

 それを信じていいのかわからない。

 本当は、信じちゃいけないのかもしれない。

 ……でも。

 キーホルダーをぎゅっと握ると、私は大きく息を吸った。

「れ、……蓮、くん」

 おそるおそる名前を呼ぶと、蓮くんは驚いたようにすぐに振り返った。

 少し離れた場所に立つ蓮くんに、届くか届かないかという声量しか出なかったけど、私は口を開いた。

「あの……私と付き合って、っていう話。あれ……やっぱりなしに、してほしいの」

 荻原くんは、黙って私の話を聞いていた。

 これから話す言葉に、何ひとつ否定はしないと決めているかのように。

「私、考えたい。これから、どうしていくべきなのか。私が修ちゃんのことを受け止めて、生きていく道があるのか。答えなんか、わからないけど。あるのかどうかも、わからないけど……。……答えを見つけるまでは、誰かと付き合うとか、付き合わないとか、そういうことは考えられない。答えを見つけたあとでも無理かもしれない。今はただ、自分と修ちゃんのことだけを……考えてみたくて」

 なんだか、また泣きそうになっていた。この先の言葉を伝えるのは、勇気が必要だったから。

 それでも、蓮くんのために、言わなければならなかった。

「……ごめんなさい。だから、もう……私に関わるのは」

「待つよ」

 声が被さる。

 蓮くんの声に、私の言葉は途中で消えてしまった。

「一緒に、探そう。芽依ちゃんの生き方」

 にっこりと笑う。その表情に、首を横に振れない自分がいる。

 ……この人は、どうしていつもこうなんだろう。

 こんな、私に。どうしようもない、私に。

 なんでそんなに優しくいられるんだろう。

 どうしてそんなに、想っていてくれるのだろう……。

 胸が、痛い。

 なのに、どこかほっとしている自分がいることに気づく。

 蓮くんの言葉に頷くことはできなかったけれど、私は少しだけ、微笑み返した。





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・本当はみんなと仲よくしたいのに、わざと嫌われるように振舞ってる
・本当は聞いてほしいのに、自分の本当の気持ちは話さない◯
・本当は笑いたいのに、笑顔の作り方がわからない◯
・本当はつらくてたまらないのに、人に頼ることができない
・幼馴染が亡くなってしまったことを、ずっと引きずってる
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