君の秘密を聞かせて
 約束していたハンバーガーショップは思いのほか広くて、井上さんの姿を見つけるのに苦労した。

 四人席で一人スマホをいじっていた井上さんは、私と蓮くんの姿を見つけるとぶんぶんと手を振った。

 フロアの一番奥、仕切りのある個室みたいな席。オレンジジュースを片手にそこへ向かいながら、この席なら誰かに見つかることはないだろうと、その気遣いに感謝した。

 私と蓮くんが井上さんの向かいに座ると、興奮したように井上さんが叫んだ。

「やばい、なにこのメンバー! レアだよね!」

 私たちの顔を交互に見ながらポテトをつまむ。私はまだ緊張全開で、声もなく俯いた。

 蓮くんの提案で、私たちは三人の親睦会を開くことになった。

 最初に蓮くんに提案された時は、無理だと思った。蓮くんとも井上さんともまだ話すのに緊張しているのに、三人でなんて。それに、井上さんのことは信頼しているとはいえ、蓮くんと知り合いであることをはっきりと人に伝えるのは嫌だ。

 でも結局、蓮くんの「二人がもっと仲よくなれるように仲を取り持ちたい!」という意見で、無理やり開催されることになった。

 蓮くんは井上さんと知り合いみたいだから、自分が繋ぎ役になれるということなのだろう。たしかにそれなら私も井上さんのことをたくさん知れるだろうから、うれしい部分はある。

 それに蓮くんは、私の秘密——〝本当はみんなと仲よくしたいのに、わざと嫌われるように振舞ってる〟がクリアされたか、自分の目で調査したかったのもあるかもしれない。

 とりあえず強引に開催された親睦会に、私はまだ戸惑っていた。

 そんな私をよそに、井上さんは目を丸くして、楽しそうに私たちを見つめている。

「びっくりだなー、まさか相澤さんと蓮が親密な関係になってたなんて」

 蓮。その呼び方に、一瞬驚いてしまった。

 やっぱり二人、仲がよかったんだ。蓮くんは先日「同じ塾に通ってた」くらいしか話さなかったから、さほどでもないのかと思ったけれど。

 井上さんは誰とでも仲よくできるし、クラスメイトを下の名前で呼び捨てにすることは多いから、同じ塾だった蓮くんともそれくらい親しくても不思議じゃない。

「僕も、二人が仲よくなってるなんて意外だったな。同じクラスなのはなんとなく知ってたけど」

「そう? 結構話すよね! 私たち」

 井上さんが私の手を取って振り回す。井上さんのテンションの高さにはついていけないけど、なんだかそのスキンシップがうれしくて、つい笑顔になってしまった。

「ねっ、今日は楽しも〜。ほらほら、もういろいろメニュー頼んじゃったから、食べて! 今日は私のおごり〜」

 そうしてはじまった三人の親睦会は、思いのほか盛り上がった。

 井上さんはお喋りで、会話が止まることがない。この会の趣旨が一応〝私と井上さんが仲よくなること〟だからなのか、井上さんは私を中心に話を広げてくれて、引っ込み思案な私も話しやすかった。

「この前相澤さんと一緒にお昼食べた時ねー、うちのおばあちゃんが漬けた梅干しあげたの。そしたら相澤さん、食べてくれたんだけどすんごい顔してて! 酸っぱいの苦手なら拒否してよー! って笑っちゃった」

「え、芽依ちゃん大丈夫だった? そういうの遠慮なく言わないとだめだよ。あ、このハンバーガーにもピクルス入ってるけど、平気?」

「え。あ、……もう口に入っちゃった」

 出しちゃえ出しちゃえ、と騒ぐ二人に、思わず笑ってしまう。こんなに明るい空間に自分がいるなんて、何年ぶりだろうと思った。

 いや、何年ぶりどころかはじめてかもしれない。私は昔から、大人しい子としか友達にならなかったから。

 私はクラスの中心にいるような人が苦手で、いつも教室の隅で静かに過ごすような子と一緒にいるのが好きだった。

 でも、井上さんの明るさは目を開けていられないくらい私を強く照らすのではなく、優しく包んでくれる。それは井上さんが私に合わせて気を遣ってくれているからだとわかってはいるけれど、ここにいる自分は思いのほか心地よかった。自分はこういう人と合わない、というのはただの思い込みだったのかもしれない。

 そうだ。唯一の男友達だった修ちゃんだって、私には珍しく明るい性格の友達だった。

 やんちゃで、どんな人とも仲よくなれて、誰にでも好かれていて。今思えば、私と修ちゃんが友達だったなんて信じられないくらいの奇跡だ。

 修ちゃん……。

 また、暗い気持ちが胸の奥底から湧き出てくる。

 ……何をしてるんだろう、私。

 修ちゃんは、高校生活を送れなかったのに。

 中学生で、その命は終わってしまったのに。

 修ちゃんも、井上さんみたいに明るい人だった。私によくかまってくれたけれど、私以外の友達は多くて、いつもクラスのみんなを盛り上げているような人だった。

 修ちゃんが高校生になっていたら、井上さんに劣らないくらいの人気者になっていただろう。

 ……それなのに、私のせいで。

 すべてが、終わってしまった……。

 ちくちくと痛む胸とは裏腹に、笑っている自分。

 この瞬間を楽しんでいる、自分。

 矛盾と嫌悪感に、潰されそうになる。

「にしてもさ、蓮。あんたの噂、こっちのクラスまで聞こえてくるよ。イケメンだけど変人ーって。何やらかしてるわけ?」

 井上さんがコーラを飲みながら言う。そうしながらも笑っているから、今にも吹き出してしまいそうだ。

 蓮くんが少しだけ眉間に皺を寄せた。

「うるさいなぁ。今日は僕より芽依ちゃんの話をしてよ」

「うわ、逃げたー。ずるいぞ蓮」

「あ……変人、って?」

 私も一緒に追い討ちをかけてしまった。

 そういえば、蓮くんには噂があったんだ。

 高校生になった四月、女子生徒たちが騒いでいた。噂の編入生。イケメンでスタイルがよくて、頭はいいうえに運動神経も抜群……みたいな感じだったとは思うけど。

 そう。他にも何か、聞いた気がする。

 ……よくない、噂。

「まぁ、蓮は見るからに変人だけどさ。キャラとか、言動とか? そんでも塾の時はまじめにガリ勉してたのに、人って変わるもんだねー。D組で何やらかしてるわけ?」

 井上さんの言葉に、私も追随してしまう。

「変人、って……何かしたの?」

「ね、知りたーい。私、友達ネットワークは広い方だけど、みんななんて言ってたかなー。あ、たしか授業を……」

「ちょっとちょっと。黙って、はーちゃん」

 はーちゃん。

 蓮くんの噂の話をしていたのに、思わずその呼び方の方に反応してしまった。

 井上葉月。だから、はーちゃんか。

 二人、本当に仲がいいんだ。

 その瞬間、ふと疑問が浮かんだ。
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