君の秘密を聞かせて
〝今の人、たしかD組の〝オギワラレン〟だよね〟

 ちょっと前。三階の窓から蓮くんが私に手を振っているのを見られた、あの日。

 井上さんは〝たしかD組の……〟なんて言ってた。

 本当は、こんなに仲がいいのに。まるで知らない人、みたいな言い方だった。

 こんなに笑い合える仲なら、「相澤さん、蓮と付き合ってんの?」くらいの方が自然なのに。

 あれ、なんだったんだろう……。

 ぼんやりとした疑問は、笑いの渦にかき消されていく。いつの間にか話題は変わっていて、もう蓮くんの噂の話には戻れなくなっていた。それでもどの話もおもしろくて、私は何もかもを忘れて一時間ほど二人の話に聞き入っていた。

 そしてテーブルの上の食べ物をあらかた食べきったところで、井上さんのスマホが震えた。

 チャットらしい。画面を見つめて数秒後、井上さんはニヤニヤとしながら顔を上げた。

「はーい、二人とも、サプライズでーす! 実は今日、もう一人ゲストがいるんだ」

「……え?」

 思わず声を上げた。

 ゲスト? 誰?

 動揺して、今までの楽しかった気持ちがうそみたいに消えてしまった。

 井上さんだから、まだギリギリ三人で会ってもいいって思えたのに。

 井上さんだから、私と蓮くんが知り合いであることがバレてもいいと思えたのに。

 ……また一人、誰かが来るの……?

 井上さんが、ゲストと呼ばれた人に電話をして、店への道を誘導している。私は不安な顔をしながら、蓮くんに視線を寄せた。小声でごめん、と言う蓮くんを見るからに、蓮くんも知らなかったみたいだ。

 サプライズ。井上さんはそういうのは好きそうだけれど、この内容は私にとって気が重い。

 ゲストはもうすぐそこまで来ているようで、井上さんが電話を切った。そして、個室のようになっている仕切りの壁から顔を出し、向こうからやって来たらしい人物に手を振る。

「こっちこっち! 優馬!」

 その名前に、ぎくりとした。

 優馬……。

 長谷くん?

 長谷くんがなんで、ここに?

 私と蓮くんが中腰になって、店内の入り口の方を覗く。そこには、私たちと同じ制服姿の長谷くんがいた。

 彼も彼で、戸惑った様子で私たちを見つめ、足を止める。

 向こうも知らされてなかったみたいだ。

「……何? この会」

「A組とD組の親睦会〜。またの名を、ダブルデート」

 え。

 デートって。

 私と蓮くんは、付き合ってはないけど……ひとまず私たちを、ひと組だとすると。

 もうひと組は、井上さんと、長谷くん?

 二人とも、付き合ってたの?

「ダブ……」

 長谷くんは言いかけて、はぁ、とため息をついた。

「……お前な。俺らのこと、話したのかよ」

「ううん、今から話すとこ。驚かせよーと思って」

「俺さぁ……公表しないって言ったよな? そういうの苦手だって言ったよな」

「いいじゃん。二人を見てたら触発されてさー。二人にはちゃんと内緒にしてもらうから。ねー?」

 井上さんに目を向けられて、ぶんぶんと頷いた。

 そもそも私たちも、知り合いであることは内緒にしてもらいたい身分だ。

「そういう問題じゃない……」

 長谷くんは四人席の前まで来たものの、立ったまま頭を抱えていた。

 不機嫌そうな表情の長谷くんと目があって、一気に緊張が加速する。

 どうしよう。

 私たち、ほとんど話したことないのに。しかも長谷くんは、私にとって苦手なタイプなのに。

 蓮くんも、表情からして長谷くんとは面識がないように見えた。

 気まずい……。

 時が止まりかけた瞬間、蓮くんがさっと立ち上がった。

「……初めまして、だよね。僕、D組の萩原蓮です。今日はごめんね。いきなりだったみたいで」

「あ、いや……。……俺、長谷優馬。ていうか、知ってる。あんた有名だから」

 二人して、ふふ、と笑う。

 一瞬空気が和んだけれど、私はまだ不安を隠せない。

「で……あんたら、付き合ってんの?」

 長谷くんが、落ち着きながらも少し驚いた様子で私と蓮くんを交互に見る。

 付き合って、ないです。

 そう答えたいけれど、緊張して声が出ない。

 びくびくしている間に、井上さんが割り込んできだ。

「それを今、聞こうとしてたとこー。今一時間くらい話してたんだけどさ、その辺についてはわざと聞かなかったのよ。それについてはメンバーが揃ってからと思って!」

「ふーん……」

 色のない表情が、私たちを見つめる。どうしたらいいのかわからない。

 私はそっと、目の前の空っぽのオレンジジュースに目を向けた。

「ほら、優馬も何か買ってこよ! 部活帰りでお腹減ってるでしょ。あ、相澤さんたちにも追加でなにか買ってくるね」

 井上さんは立ち上がると、長谷くんの背中を押してカウンターへと向かっていった。


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