君の秘密を聞かせて
第四話
「相澤さん、組もっ」
体育の時間、いつものバドミントンのペア決めでまたおろおろしていると、走ってきた井上さんに肩を掴まれた。
私は振り返り、いつものように静かに頷く。
満面の笑顔に、軋んでいた胸の中が少しだけ緩んでいく。今度からはちゃんと私から誘おう。人をペアに誘うのって、拒否される可能性を考えるととても勇気がいることなんだから。
親睦会を開いたあとも、井上さんは変わらず私に接してくれた。
朝の挨拶はもちろん、体育で組を作る時は必ず誘ってくれるし、時々お昼ご飯も一緒に食べてくれる。やっぱり優しい人だと思った。
親睦会の翌日なんか、私より早く教室に来ていて、朝から謝られてしまった。
〝昨日は本当にごめんね! いろんな人と仲よくできたらと思ったんだけど、いきなり優馬なんか呼ぶんじゃなかったなぁー。でもあいつね、口下手なだけなの! 別に相澤さんが嫌いなわけじゃないし、本人もちゃんと反省してたから。許して!〟
私が悪いのに。
私がちゃんと話せなかったからいけないのに。
思いがけず謝られて、泣きそうになってしまった。そして私も何度も、井上さんに謝った。
途中で親睦会を飛び出して、長谷くんにもきっと嫌な思いをさせてしまった。
いやいや参加した親睦会だっただろうけど、私のことを知ろうとしてくれてたのに。長谷くんの言葉に私は黙るばかりで、何も答えられなかった。
ちゃんと面と向かって謝らないと……。
でも、その機会はなかなか訪れなかった。
そもそも普段から、長谷くんとは同じクラスなのに接点がない。窓際に座っている私と廊下側に座っている長谷くんは席が遠いし、休み時間に男子生徒と話しているのに割って入る勇気はない。夕方は遅くまで野球部の練習があるから、待ち伏せするのも変な噂がたちそうで怖い。
でもそれは、長谷くんを怖がっている私の言い訳なのかもしれない。
結局、私と長谷くんとはある意味、前と変わらない他人みたいなクラスメイトのままになっていた。
「おはよう」
「……おはよ、う」
蓮くんも井上さんと同じく、いつも通りの笑顔で私と接してくれた。
だけど、私はぎくしゃくしていた。あの夜に言ってしまった言葉が、いつまでも頭を離れなかった。
〝蓮くんには、わかんないよ〟
あの場でも謝ったけれど、家に帰ってからのチャットでも、翌日のお昼にも謝った。でも、気持ちはあの日から落ち込んだままで、蓮くんのいつも通りの対応にも余計に罪悪感が膨らむようになってしまった。
いつも支えてくれる蓮くんに、八つ当たりみたいなことを言って。
あんな顔、させてしまった。
本当はショックだったと思う。
さすがの蓮くんも、顔には出さないけれど頭にきたんじゃないだろうか。
これまで、たくさん私を助けてきたのに。あの日だってすごく気遣ってくれたのに、あんなことを言われて……。
そう思わずにはいられない。
「そうそう、はーちゃんから写真送られてきたんだ」
お昼ご飯を食べ終わってから、蓮くんがおもむろにスマホを取り出した。
そして、写真を画面に出そうと指を滑らせて操作している。私は箸を止めて、思わずその様子をじっと見つめていた。
……井上さんと、連絡を取り合ってるんだ。
前から友達だったみたいだから、連絡先を知っていても当たり前だけど。私は井上さんの連絡先、知らないのに。
あ……違う。
井上さんは教えてくれようとしたのに、私が拒否してしまったんだっけ……。
「ほら! いい写真じゃない?」
井上さんにした自分の態度にまた落ち込みながらも、蓮くんのスマホを覗く。そこには四人が集まってすぐに撮った、記念の一枚が写っていた。
テーブルを挟んで、手前に私と長谷くん、奥に蓮くんと井上さんが座っている。長谷くんはクールな表情で、三人は微笑んだり満面の笑みを浮かべたりしていて、こうして見るとなんだか楽しそうだ。
私はしばらくの間、じっとその写真を見つめていた。
奥に座る井上さんのピースと、蓮くんの柔らかな笑みを何度も見ていた。
写真で見ると、やっぱり二人はお似合いだ。
二人が付き合えばいいのに、と思う。
そうだ。随分前、三階の窓から蓮くんが私に手を振って、それを井上さんに見られたあの日。同じことを思ったんだ。
美男美女の二人。私なんかより、二人の方がよっぽどお似合いなのに、って。
二人が付き合えばいい。私はきっと、もう恋なんかしないから。
いつか、デートをするクラスメイトのことを羨ましそうに話していた修ちゃん。そんな修ちゃんを置いて、私が恋愛をすることなんかできないから。
……って、何考えてるんだろう、私。
そもそも井上さんには、長谷くんっていう彼氏がいるのに。
「どうかした?」
ぼうっとしていた私に、蓮くんが心配そうに声をかける。
「う、ううん……いい写真、だね」
「そっちに送るね。はーちゃん、絶対芽依ちゃんにも転送してよ!って言ってるんだ」
はーちゃん……。
蓮くんの口からその言葉を聞くと、なぜか胸がちくりとする。
蓮くんの笑顔が、急に遠く見えてくる。
二人が仲よくしているのはいいことなのに。なんだか、胸が……痛い。
……だめだ。
だめ。これ以上、何も考えちゃ、だめ……。