君の秘密を聞かせて
 外は真っ昼間だというのに薄暗く、冷たい風が吹き荒んでいた。

 思わず空を見上げると、冴えない曇天が私の顔を見返した。

 頭上の厚い雲は、その体の中に雨水を溜め込み、漏れ出さないようにとじっと息を殺している。まるで今の私みたいだ、と思った。

 いつも自分の気持ちを胸の奥にしまい込んで、誰にも知られないようにと黙っている私。

 そのくせ晴天の振りはできないから、どんよりとした表情はそのままで、周りを不快にしてしまう。

 私がいるA組の人たちはみんな明るくて仲よしなのに、その中にいる私は一滴だけ落ちた黒いシミみたいな存在だった。だから、それを気にして井上さんは私にかまってくれたのかもしれない。

 〝本当は聞いてほしいのに、自分の本当の気持ちを話さない〟——ふとあの言葉が頭の中に浮かび上がって、小さくため息をついた。

 あのメールはなんだったんだろう。

 校門前で待ってます、と送られてきたのを最後に、メールは途絶えていた。話の続きは会って直接、ということだったのかもしれない。

 会ったら、私はおどされていたのだろうか。

 でもなんとなく、あのメールの送信者はそういうことをするような人には感じられなかった。

 だって、これから人をおどそうとという人が〝驚かせちゃってごめん〟なんて謝るだろうか。おどす相手を〝(きみ)〟なんて呼びかけるだろうか。

 怖いのはたしかだけど、完全に悪い人のようにも感じられなかった。だからといって、じゃあなんでこんなことをしているのかというとわからないのだけど。

〝ずっと君のことを見てました〟

 ずっと、私のことを……。

 どうして?

 いつから?

 心当たりがなさすぎて、ぴんとこない。でも、誰とも関わらないように人を避けてきた私だから、誰かに見られていても気づかなかったのかもしれないけれど。

 それとも本当は、私のことを見ていた人なんかいなくて、やっぱりあのメールはただのいたずらだった?

 私のことを気に食わないクラスメイトの誰かが、どこからかアドレスを入手して送ったただの嫌がらせだった?

 そう考えれば辻褄は合う、けど……。

 ごちゃごちゃと考えている間に、いつのまにか最寄りの駅へと到着していた。

 中学一年の頃から通い続けている、路線がひとつ通っているだけの小さな駅。改札を抜け、ゆっくりと下りのホームへと向かう。

 お昼時、十三時前という中途半端な時間帯の駅には人影はなかった。朝の時間帯はホームで乗客を案内している駅員さんも、今は駅舎の中で業務をしているみたいだ。

 ホームの、先頭車両が止まる辺りまで歩いていくと、不意にアナウンスが流れた。

『列車が通過します。危ないですから黄色い線までお下がりください』

 ホームの端、ギリギリのところに立ち、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をした。

 本当は、今日の夕方、ここに来るつもりだった。

 いつも通り、授業を受けて。

 いつも通り、帰宅しようとして。

 あくまで自然に、私はここに立つ……。

 その、予定だった。でもあのメールが気になって、結局学校が終わるのを待たずにここへ来てしまった。

 放課後、私を待ってるって。本気だったのだろうか。

 帰りのホームルームを終えて、校門を通り抜けようとしたら誰かに声をかけられる。そんな光景を想像したらなんだか恐ろしくなってしまった。私になんの用があるのだろう。私の秘密を知っているという謎の人。

 おどされるにしても何にしても、なんとなくその人物に会ってはいけない気がして、結局私は授業がすべて終わるのを待たずに学校を抜け出した。

 でも、〝計画〟を実行するのは夕方でも昼間でも、関係ない。

 だから、かまわない。〝計画を実行する直前までは日常と同じように過ごそう〟と思ったのは、ただの、私のこだわり。

 でも、本当はそんなこと、どうでもいいんだ。

 どうせたどり着く結末は同じなんだから……。

 風が吹いた。

 冷たく、肌を切り裂くような空気が頬の横を通り過ぎていく。

 それを感じながらゆっくりと目をつむった。もう、目は開けない。きっと決心が揺らいでしまうから。

 はるか遠くから、空気を振動する音が近づいてくる。

 視覚を失った体がご丁寧に、残りの感覚を研ぎ澄まそうとするのを必死に止める。体の機能をひとつひとつ切って、真っ暗な世界へと意識を集中させる。

 涙が出そうになるのを、ぐっとこらえた。

 ——ごめんなさい。

 心の中で呟いた、その時だった。
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