君の秘密を聞かせて
 *



 長谷くんは中学校舎寄りの校門から出たものの、バス停には向かわないらしく、うまいことクラスメイトと別れて一人で歩き出した。

 チャンスだ。話しかけるなら今しかない。

 でも、なんて言って話しかけよう。

 いざこの瞬間が来ると、なんと切り出せばいいのか迷ってしまう。

 時間が経てば経つほど話しかけづらくなるのに、どうしても第一声が思い浮かばない。あんまり長々と後をつけていると、話しかけられたとしてもストーカーみたいで不振がられてしまいそうだ。

 そういえば、用事があると言っていた。

 いつも野球部でがんばってるのに、それを休んでまでの用事って?

 話しかけたところで、私なんかに割いてる時間なんてあるんだろうか?

 どんどん、後ろ向きな考えが頭を満たしていく。やっぱりやめようか、なんていう甘い言葉がどこからか聞こえてくる。

 でも、だめ。

 なんでもいいから。今。

 今、話しかけなきゃ。

 決意して、じわじわと長谷くんとの距離を縮めていく。すると、長谷くんは不意に曲がって、あるお店に入った。

 それは、この辺りで一番大きい本屋さんだった。

 長谷くんが、本?

 失礼ながら、体育会系の長谷くんと本屋さんが結びつかなくて驚いてしまう。でも、よく考えたら長谷くんは部活に熱心な一方で勉強も手を抜かない人だから、私よりも頭はいい。もしかしたら参考書でも買うのかもしれない。

 この店は大きくて、出入り口が正面と脇にふたつある。どうしようかと迷いながらも、絶対に見失わないように私も中に入った。

 しばらく店内をうろうろすると、店の奥まったスペースに立っている長谷くんを見つけた。

 話しかけるなら、本屋さんから出てきた瞬間がいい。そう思いながらも、何を探しているのだろうかと気になって、長谷くんが手にしている本を覗いてしまう。

 その表紙に書いてある文字を見て——驚いてしまった。

『君は一人じゃない 〜いじめにあったら読む本〜』

「え……!」

 思わず、声が出た。

 慌てて口元を押さえたものの、当然遅く、長谷くんが振り返った。

 長谷くんも私と同様に驚いた表情で、目を丸くしている。

「相澤。なんでここに」

「は、長谷くん……それって……」

 自分の存在がバレたことにも焦ったけれど、今はそれどころじゃなかった。長谷くんが手にしている本をじっと見つめて、固まってしまった。

 そんな本を持ってるってことは。

 まさか……長谷くん。

「長谷くん……もしかして……いじめに、あってるの?」

 両手を口に当てたまま、静かに呟く。

 すると、長谷くんは呆れたように大きく息を吐いた。

「……ばか。お前のことだよ」


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