君の秘密を聞かせて
 *



 私たちは、本屋さんから出て少し歩いたところの公園のベンチに座った。

 本屋さんで話すとうるさくて迷惑がかかるから、移動しただけだけど。長谷くんと二人きりで公園なんていう、わけがわからないシュチュエーションに今更ながら緊張が止まらない。

 何も言えずに帰るよりはマシだけれど……。

 絶妙な距離感で横に座る長谷くんは、ふーっとため息をついてから話し出した。

「……いじめにあってんのかと思ったんだよ」

 緊張しつつも、横に座る長谷くんの顔を見つめる。

「……私が?」

「だってさ、おかしいだろ。高校に入って久々に同じクラスになった女子が、まるで性格変わってるんだから。他の女子が話しかけても仲よくしようとしないし、ずっと一人でいるもんだからびっくりしたよ。なんでだろうと思ったけど、俺、相澤とクラス一緒になったのは中学の最初の頃だけだから、その後のことはよく知らないし。葉月は高校から入ってきたから中学の頃のことは知らないし。他の女子に聞こうにも俺、そもそも女子とよく話すタイプじゃないし……」

 ……長谷くん、そんなに私のこと気にかけてくれたんだ。

 そのことに、驚いた。私と長谷くんなんて、顔は知ってるクラスメイトだけれど、友達だなんて呼べないくらいの間柄だったのに。

 部活を休んで、本まで買おうとしてくれたなんて……。

「中学でいじめを受けて、人間不信になってんのかなって思ったんだ。最近は葉月が前後の席になって、多少話すようになってたからほっとはしたけど。接点ができたから、ちょうどいいやと思ってあのハンバーガー屋で聞こうと思ったわけ。……クラスの中にハブかれてる女子がいるなんて、やっぱり気分悪いから」

「ごめん、違うの……。全然そんなこと、なくて」

「じゃあさ、なんで」

 そこまで言って、長谷くんは言葉を止めた。

 風が吹く。少し迷っているような、変な間が空く。

「……まぁ、何があったのかは聞かないけどさ」

 長谷くんは、親睦会の時の私の様子を思い出したのか、言い直した。

「なんか、悩んでることがあるなら言えよ。俺じゃ言いにくいなら、葉月とかでもさ。あと、彼氏だっているんだろ。まぁ、彼氏じゃないのか知らないけど」

〝本当はつらくてたまらないのに、人に頼ることができない〟

 ふと、蓮くんのあの言葉を思い出した。

 膝の上で、両手を握る。心臓がまた暴れ出して、体の中から飛び出そうとしてくる。

 ……どこまで言えるかわからないけれど。

 話してみよう。長谷くんに。

 自然と、そう思えた。

「わ、私……悪い人間なの」

 何から話したらいいのかわからなくて、とりあえずそう言葉にした。

 突然の切り出しに、長谷くんは不思議そうな顔をしている。

「だから、みんなと話したり、恋をする権利があるとはどうしても思えなくて。だから……蓮くんが私のことを好きでいてくれても、そもそも誰かのことを好きになったらいけないって、思っちゃうの……」

「なんだそりゃ」

 すぐさま、長谷くんの呆れた声が返ってきた。

 びくっとして、身が縮こまる。そっと顔を見ると、反論する気満々の強い視線が私に向けられていて、慌てて目を逸らしてしまった。

「友達作っちゃいけない人なんかいないだろ。それに、恋なんて勝手に落ちるもんじゃねぇの」

「でも私、本当に……」

「それ、逃げてるんじゃねぇの」

 強い言葉が並ぶ。

 そんな風にはっきり言われたことがなかった。怖くてたまらなくなる。

 でも、逃げ出すことはしたくなくて、私はじっと長谷くんの声に耳を傾けた。

「もし相澤が本当に悪い人間なら、その悪いところを改めて、前に進めばいいだろ。友達作らないだのなんだの、自分に罰を与えてダメな自分に酔いしれてる場合じゃねぇよ。悪いところと向き合って、やることやって、納得できたら友達でも恋人でも作ればいいだろ」

 ……え。

 悪いところと……向き合って。

 友達でも、恋人でも……。

 長谷くんの言葉を反芻する。頭の中のメモに刻みつけるように、何度も、何度も。

 そうしていると、長谷くんは私が落ち込んでると思ったのか、慌てて手を振った。

「……あー、悪い。またキツイこと言ったな、今」

「あ……ううん。違うの。たぶん……その通りなんだよ」

 ありがとう、と呟いた。長谷くんはなんだか照れ臭そうに、落ち着きなく足を組み替える。

 たしかに……。

 私は、逃げていた。

 修ちゃんを感じてしまう場所には決して踏み込まず、見ないようにしていた。

 友だちを作らない、幸せにはならないと自分に罰を与えることで、自分が救われようとしていた。自分で自分を納得させようとしていた。

 それでも、納得なんかできなくて。最後にはすべての悲しみから逃げ出そうと、駅のホームから飛び降りようとして……。

 わかってた。全部、なんとなく、知っていた。

 でも、長谷くん今はっきりと言われて、明確になったように思う。

 反省して、前に、進む……。

 進む。私が。

 そんな権利もないと思っていた。

 でも……。

 そんなこと……できるのかな。

「……でも、俺には相澤が悪い人間なんて、到底思えねぇけどな」

 そう言われて、ずきり、と胸が痛む。

 言ってしまおうか。

 秘密にしていること。

〝中学三年生の頃、近藤修二くんがあの駅で事故に遭ったのは、私の家に来ようとしていたからなの〟

 長谷くんは、修ちゃんのことを知っている。性格が全然違うからよく話す感じじゃなかったけど、中学一年の頃、修ちゃんと長谷くんと私は同じクラスだったから。

 話すことは、すごく、怖い。でも話せば長谷くんは、きっと自分の思うところをはっきりと言ってくれるはずだ。

 ……でも。

 もう一度、深く考える。話したあとの、長谷くんの反応……。

 ……少なくとも今は、話すべきじゃない、と思った。

「……長谷くん、ありがとう。私、もっと考える。それで、できたら……前に、進みたい」

 そう答えるに(とど)めた。

 そのあとは、ぎこちなく喋りながら一緒に駅へ向かった。長谷くんは電車通学だったようで、駅までの道はそれなりにあったけれど、なんとか井上さんの話なんかも混ぜながら友達らしく話すことができた。

 そうだ。

 もうひとつ、長谷くんに言いたいことがあったんだ。

 今なら聞ける気がする。

〝長谷くんは、大切な人が自分のせいで亡くなったとしたらどうする?〟

 井上さんにもしたあの質問。そういえば体育の日に井上さんが長谷くんに伝えて答えを聞きそびれてしまったけれど、改めて、長谷くんならどうするか聞いてみたい。

 でも、気づけばもう駅は目の前で、踏切がカンカンと鳴り出していた。

 急げば間に合う!と走り出す長谷くんに、話を切り出せない。

 帰る方向が逆の私たちは、改札を通ればさよならだ。

「は、長谷くん! ……あの……私、ひとつだけ、聞きたいことが」

「あ」

 言いかけたところで、長谷くんが足を止めた。

 突然止まったので、長谷くんの大きな背中に正面からぶつかってしまった。

 鼻を押さえていると、長谷くんは悪い悪い、と言いながらも、ホームの向こう、線路沿いにある道路を見つめていた。

「今さ、……誰かがこっちを見てた気がして」

 そう、呟いた。

 私も長谷くんの視線の先を追ってみる。けれど、そこには人ひとり見当たらなかった。

「いるわけねぇよな、こんなタイミングで萩原(おまえのカレシ)が」

 じゃあ、と言って、長谷くんが滑り込んできた電車に乗る。私は反対のホームに行かなければならなかったけれど、足が止まって動けなかった。

 ……え。

 蓮くんが?

 もしかして……。

 見られた、の?



 その日、いつもなら送られてくるはずの蓮くんからのおやすみチャットは、来なかった。


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