君の秘密を聞かせて
その言葉に、呆気に取られてしまった。
修ちゃんが、恋バナ?
あまりに似つかわしくなくて、えっ?と言ってしまった。
そうだ。当時、そんなことを聞かれたんだ。当時と同じように、今回も驚いてしまった。
あの時、私はなんて答えたっけ。
そうだ。たしか。
「な……何? 突然」
そう言って、はぐらかしたんだ。
でも、後ろを向いたままの修ちゃんは、意外とまじめな声色で返してきた。
『いや、なんか気になって。芽依からそーゆう話、聞いたことないし』
「……いないよ。いるわけないよ。だって私、まだ中学生だし……」
そう、答えた。あの日のままに。
すると、修ちゃんは吹き出すように笑った。
『まだ中学生ったってなー。周りはもう、付き合ってる人結構いるぜ。斎藤とか、山崎とか』
「え、そうなの? ……修ちゃんも?」
『……俺は付き合ってる人はいないけど、好きな人はいる。……芽依って、本当純粋だよな。そーいうところがいいんだけどさ。ただ……』
その時、キン、と甲高い音がして、意識がグラウンドへと向かった。
ボールがバットに当たった音だ。バットはよほどボールの芯を捉えたのか、誰かの「オッケー、ナイス」という盛り上げの声も聞こえてくる。
でも……おかしい。
この音は、野球部のバッティングの音だ。
サッカー部じゃない。ついさっきまでは、試合のシュート後の、落胆や歓声が聞こえていたのに。いつのまに入れ替わったんだろう。
気づくと、私は一人、教室に立っていた。
修ちゃんの姿はない。
——現実の、世界だ。
「あ、れ……」
涙が、落ちた。
涙がどんどん落ちて、頬を伝う。
それは拭っても、拭っても、滝のように流れて止まらなかった。
ぽたぽたと机の上に涙が落ちるのを見て、私は何かを、理解した気がした。
修ちゃん……。
ほんの一瞬前にそこで外を眺めていた、小さな背中を思い返す。
いつも明るく私を元気をくれた、笑顔を思い出す。
修ちゃんは、いつも私を導いてくれた。
でも、その修ちゃんは、もういない……。
——そうか。
わかった。
今、ようやく。私がどうしたいのか。
どういう風に、進みたいのか。
わかった、気がした。
なのに、涙が止まらなかった。
いや、わかったから、なのかもしれない。涙はどこまでも溢れて止まらない。誰もいないことをいいことに、私は両手を顔に当てて、我慢することなく声を出して泣いた。
涙はいつまでも、落ち続けた。
修ちゃんが亡くなった時に一生分の涙を流したと思ったのに、それでも涙は止まらなくて。そのうち体が枯れてしまうんじゃないかと思えた。それでも、すべてをそのまま受け入れるような気持ちで、私は泣き続けた。
——修ちゃん。
私、生きる。
生きてみるよ。
つらくて、たまらないけど。今にも挫けそうだけど。
生きる。生きなきゃいけないんだ。
そうだよね?
修ちゃん……。
感情のまま、しばらく泣き続けていると、突然背後に人の気配がした。
はっとして、反射的に泣く声を止めた。
先生? 生徒?
とりあえず、恥ずかしくて振り向けない。先生だったら、勝手に中学校舎に忍び込んでいることをたしなめられるかもしれない。
そのまま固まっていると、後ろに立つ人物が、呆れたような声を出した。
「——いつまでも、泣いてんなよ。芽依」
……え。
振り返る。
でも、そこには誰もいなかった。
廊下に出る。でも、やっぱり誰もいない。橙色のフィルターをかけたような廊下には、はるか先の突き当たりまで、人がいたような形跡はない。
……でも。
今の、声は……!
「……修ちゃん!」
私は走り出した。
走っても走っても、どこにも人がいるような気配がない。小さな影、小さな背中ひとつ見当たらない。
それでも足は止まらなかった。
涙がまた溢れて、廊下に雫を落としていく。
待って。
行かないで。
そこにいるの? そばに、いるの?
私を置いていかないで。
私の前に現れてよ。
一瞬でもいいから。
夢でもいいから。
お願い。
私、本当は生きるのが怖くて、たまらないの……。
「……うわっ!」
転びそうになりながら校舎を飛び出すと、正面から誰かとぶつかった。
涙でろくに前を見ていなかった私は、その体に跳ね返されるようにして倒れた。
体中が痛い。それ以上に呼吸と胸が苦しくて、体を起こすことができない。
涙と泥に濡れたまま顔を上げると、私を起こそうと背中を支えている長谷くんがいた。
その服装を見ると、野球部のユニフォームだった。部活中らしい。水を汲みに来たのか、彼の傍にコロコロと転がる大きな水筒が見えた。
「……おいおい、どうしたんだよ」
長谷くんは私の顔を見るなり、驚いたように眉間に皺を寄せた。
でも、あまりに泣きすぎて、走りすぎて、声を出せなかった。
「ごめ、なさ……」
「あー、やっぱ喋んな。話さなくていいから、とりあえずここ座っとけ」
長谷くんは私の上半身を起こすと、花壇に寄りかかるように座らせた。
よく見ると、転んだ衝撃で膝からは血が出ているし、涙が触れた脛あたりは土がついている。
それを考えると、自分の顔が今どうなっているかなんて想像もしたくなかった。
「ちょっと行ってくるけど、少ししたら戻ってくるから。ここで待ってろよ」
長谷くんはそう言い残すと、グラウンドへと走っていった。
修ちゃんが、恋バナ?
あまりに似つかわしくなくて、えっ?と言ってしまった。
そうだ。当時、そんなことを聞かれたんだ。当時と同じように、今回も驚いてしまった。
あの時、私はなんて答えたっけ。
そうだ。たしか。
「な……何? 突然」
そう言って、はぐらかしたんだ。
でも、後ろを向いたままの修ちゃんは、意外とまじめな声色で返してきた。
『いや、なんか気になって。芽依からそーゆう話、聞いたことないし』
「……いないよ。いるわけないよ。だって私、まだ中学生だし……」
そう、答えた。あの日のままに。
すると、修ちゃんは吹き出すように笑った。
『まだ中学生ったってなー。周りはもう、付き合ってる人結構いるぜ。斎藤とか、山崎とか』
「え、そうなの? ……修ちゃんも?」
『……俺は付き合ってる人はいないけど、好きな人はいる。……芽依って、本当純粋だよな。そーいうところがいいんだけどさ。ただ……』
その時、キン、と甲高い音がして、意識がグラウンドへと向かった。
ボールがバットに当たった音だ。バットはよほどボールの芯を捉えたのか、誰かの「オッケー、ナイス」という盛り上げの声も聞こえてくる。
でも……おかしい。
この音は、野球部のバッティングの音だ。
サッカー部じゃない。ついさっきまでは、試合のシュート後の、落胆や歓声が聞こえていたのに。いつのまに入れ替わったんだろう。
気づくと、私は一人、教室に立っていた。
修ちゃんの姿はない。
——現実の、世界だ。
「あ、れ……」
涙が、落ちた。
涙がどんどん落ちて、頬を伝う。
それは拭っても、拭っても、滝のように流れて止まらなかった。
ぽたぽたと机の上に涙が落ちるのを見て、私は何かを、理解した気がした。
修ちゃん……。
ほんの一瞬前にそこで外を眺めていた、小さな背中を思い返す。
いつも明るく私を元気をくれた、笑顔を思い出す。
修ちゃんは、いつも私を導いてくれた。
でも、その修ちゃんは、もういない……。
——そうか。
わかった。
今、ようやく。私がどうしたいのか。
どういう風に、進みたいのか。
わかった、気がした。
なのに、涙が止まらなかった。
いや、わかったから、なのかもしれない。涙はどこまでも溢れて止まらない。誰もいないことをいいことに、私は両手を顔に当てて、我慢することなく声を出して泣いた。
涙はいつまでも、落ち続けた。
修ちゃんが亡くなった時に一生分の涙を流したと思ったのに、それでも涙は止まらなくて。そのうち体が枯れてしまうんじゃないかと思えた。それでも、すべてをそのまま受け入れるような気持ちで、私は泣き続けた。
——修ちゃん。
私、生きる。
生きてみるよ。
つらくて、たまらないけど。今にも挫けそうだけど。
生きる。生きなきゃいけないんだ。
そうだよね?
修ちゃん……。
感情のまま、しばらく泣き続けていると、突然背後に人の気配がした。
はっとして、反射的に泣く声を止めた。
先生? 生徒?
とりあえず、恥ずかしくて振り向けない。先生だったら、勝手に中学校舎に忍び込んでいることをたしなめられるかもしれない。
そのまま固まっていると、後ろに立つ人物が、呆れたような声を出した。
「——いつまでも、泣いてんなよ。芽依」
……え。
振り返る。
でも、そこには誰もいなかった。
廊下に出る。でも、やっぱり誰もいない。橙色のフィルターをかけたような廊下には、はるか先の突き当たりまで、人がいたような形跡はない。
……でも。
今の、声は……!
「……修ちゃん!」
私は走り出した。
走っても走っても、どこにも人がいるような気配がない。小さな影、小さな背中ひとつ見当たらない。
それでも足は止まらなかった。
涙がまた溢れて、廊下に雫を落としていく。
待って。
行かないで。
そこにいるの? そばに、いるの?
私を置いていかないで。
私の前に現れてよ。
一瞬でもいいから。
夢でもいいから。
お願い。
私、本当は生きるのが怖くて、たまらないの……。
「……うわっ!」
転びそうになりながら校舎を飛び出すと、正面から誰かとぶつかった。
涙でろくに前を見ていなかった私は、その体に跳ね返されるようにして倒れた。
体中が痛い。それ以上に呼吸と胸が苦しくて、体を起こすことができない。
涙と泥に濡れたまま顔を上げると、私を起こそうと背中を支えている長谷くんがいた。
その服装を見ると、野球部のユニフォームだった。部活中らしい。水を汲みに来たのか、彼の傍にコロコロと転がる大きな水筒が見えた。
「……おいおい、どうしたんだよ」
長谷くんは私の顔を見るなり、驚いたように眉間に皺を寄せた。
でも、あまりに泣きすぎて、走りすぎて、声を出せなかった。
「ごめ、なさ……」
「あー、やっぱ喋んな。話さなくていいから、とりあえずここ座っとけ」
長谷くんは私の上半身を起こすと、花壇に寄りかかるように座らせた。
よく見ると、転んだ衝撃で膝からは血が出ているし、涙が触れた脛あたりは土がついている。
それを考えると、自分の顔が今どうなっているかなんて想像もしたくなかった。
「ちょっと行ってくるけど、少ししたら戻ってくるから。ここで待ってろよ」
長谷くんはそう言い残すと、グラウンドへと走っていった。