君の秘密を聞かせて
*
長谷くんは、五分ほどすると濡れタオルと救急箱を持って戻ってきた。
遠くから、野球部の練習する声が聞こえてくる。それでも長谷くんは、それを無視して私にタオルで顔を拭くように指示しつつ、私の擦りむいた足を消毒し始めた。
絆創膏を貼られて処置が終わっても、私は声を出そうとするとしゃくりあげてしまう状態で、ゆっくりとしか話せなかった。
「部活……は?」
「足挫いたから保健室行ってくるって後輩に伝言頼んできた。それよりお前、平気かよ」
そう聞かれても、うまく声が出てこない。黙ってタオルを顔に当ていると、長谷くんも花壇の横に座った。
私が落ち着くまでそばいるつもりらしい。
よく考えたら、長谷くんが私のせいで部活をサボるのは二回目だ。一回目は、私がいじめらていると思って本屋さんに行った時。二回目は、今。
申し訳なくて、また涙が出てくる。
「ごめん……」
「いや、俺は別にいいけど。荻原に見られたらやだな。こんなとこ見られたら、また変な誤解されそう」
……また?
私の疑問に気づかずに、長谷くんは頭を掻いている。
私は喉に力を入れて、声を振り絞った。
「蓮くん……今日は、用事が、あるって言ってたから……いないと思う。私は、平気だから……部活戻って」
「こんなボロボロに泣いてるやつほっとけるかよ。過呼吸なんか起こしたら、保健室に連れてくからな」
そう言うと、また黙って長谷くんは横に座っていてくれた。
結局、優しい。言葉は少し強いけど、今ここでも一人でぶつぶつ言ってるけれど。弱ってる人に、素直に手を差し伸べてくれる。
井上さんは、すてきな人を好きになったんだなと思う。
「……そうだ。俺、相澤に言いたいことがあって」
しばらくしてようやく呼吸が落ち着いてきた頃、長谷くんが呟いた。
「〝大切な人が自分のせいで死んだらどうする〟って質問のこと。前に、体育の時間に言ってたやつ。覚えてんだろ?」
覚えててくれたんだ。
逆に、そう思ってしまった。あの体育の日はもうだいぶ前のことなのに。
驚きつつも、頷いた。
「俺、ちょっと考えてたんだ。あの質問の答え。でも、結局わからなかった。そういう境遇になったことがないから、あまりにも想像がつかなくて。まぁ、それでもこうするだろうなぁとかこう思うだろうなぁとかは想像できたけど、こういうこと、軽々しく言えないなって思って」
……そんなに、真剣に考えてくれたんだ。
結局、答えはわからなかったのに。〝わからなかった〟という答えを、わざわざ今、教えてくれたんだ。
まじめで、こんな変な質問にも真剣に考えてくれる。
その姿勢がうれしかった。
「そっか……いいの。考えてくれて、ありがとう」
心からの感謝を伝える。すると、長谷くんは不振そうな顔で私を見返した。
「なんだったの、この質問」
井上さんと同じ反応に、思わず口をつぐんだ。
すぐに察したように、長谷くんは首を振る。
「あー、いや、言いたくないならいいんだけど」
また、このパターンだ。何も言えない私に対して、長谷くんはすぐ引き下がるようになってしまった。
でも、……今は。
話したい、と思った。
怖くてたまらないけれど。
体が震え出しそうだけれど。
唇を薄く開いて、何度も躊躇して。
でも、口にした。
「……ある人が、亡くなってしまって」
長谷くんが、ふっと私の方を見たのを感じた。
「本当は、私の……せいなの。だから、どうしたらいいのかわからなくて」
それ以上、詳しいことは言わなかった。長谷くんは修ちゃんの存在を知っているけれど、それに関してはできる限り、感づかれないようにしたかった。
でもそれは、自分が責められるのが怖いから、という保身のためじゃない。
そう、それは。
ことの顛末を話せば、長谷くんは〝それは相澤のせいじゃない〟と答えるかもしれない、と気づいたからだ。
蓮くんが、そう反応したように。こと細かに話して、もし長谷くんも蓮くんみたいに〝相澤のせいじゃない〟なんて言ったら、その言葉に甘えてしまうような気がした。
でも、私はそう言われたとしても、結局自分を責めてしまうんだ。
言われた瞬間は少し気持ちが収まるかもしれないけれど。また時間が経てば、きっと私はまた自分を責めてしまう。
人になんて言われても、自分が責任を感じている限り抜け出せない。
自分が納得していない限り、いつまで経っても変わらない。この感情は、私自身が生み出すものだから。
だから、長谷くんに公園で相談に乗ってもらった時も、修ちゃんのことを口に出すのはやめたんだ。
長谷くんの顔をそっと見やると、私の言葉に表情は変えず、ただしばらくの間黙っていた。
そしてひとこと、それは重いな、と、呟いた。私の言うことが事実か、事実じゃないかは置いておいて、ちゃんとそれを現実として考えてくれているようだった。
でも、私の言葉をまじめに捉えてくれる長谷くんには、負担の大きい相談だったかもしれない。
さっきだって、私の重い質問にわからなかったと答えたばかりなのに。
「難しいな……本当に。誰がとか、相澤が何をしてそうなったのかとか、状況にもよるけど……。いま警察に捕まってるわけじゃないんだから、殺人とか、意図的なものじゃないんだろ? ただ、それが相澤の意に反してそうなってしまったことなら、つらくて、どうしようもないな」
「ごめん……いいの。聞いてみたかっただけだから」
また、沈黙が落ちる。長谷くんはそれでも、やっぱり考えているようだった。
でも、さっきと同じように答えは出せないのだろう。
長谷くんは無責任に、その場しのぎの答えは出せない人だから。
長谷くんは、五分ほどすると濡れタオルと救急箱を持って戻ってきた。
遠くから、野球部の練習する声が聞こえてくる。それでも長谷くんは、それを無視して私にタオルで顔を拭くように指示しつつ、私の擦りむいた足を消毒し始めた。
絆創膏を貼られて処置が終わっても、私は声を出そうとするとしゃくりあげてしまう状態で、ゆっくりとしか話せなかった。
「部活……は?」
「足挫いたから保健室行ってくるって後輩に伝言頼んできた。それよりお前、平気かよ」
そう聞かれても、うまく声が出てこない。黙ってタオルを顔に当ていると、長谷くんも花壇の横に座った。
私が落ち着くまでそばいるつもりらしい。
よく考えたら、長谷くんが私のせいで部活をサボるのは二回目だ。一回目は、私がいじめらていると思って本屋さんに行った時。二回目は、今。
申し訳なくて、また涙が出てくる。
「ごめん……」
「いや、俺は別にいいけど。荻原に見られたらやだな。こんなとこ見られたら、また変な誤解されそう」
……また?
私の疑問に気づかずに、長谷くんは頭を掻いている。
私は喉に力を入れて、声を振り絞った。
「蓮くん……今日は、用事が、あるって言ってたから……いないと思う。私は、平気だから……部活戻って」
「こんなボロボロに泣いてるやつほっとけるかよ。過呼吸なんか起こしたら、保健室に連れてくからな」
そう言うと、また黙って長谷くんは横に座っていてくれた。
結局、優しい。言葉は少し強いけど、今ここでも一人でぶつぶつ言ってるけれど。弱ってる人に、素直に手を差し伸べてくれる。
井上さんは、すてきな人を好きになったんだなと思う。
「……そうだ。俺、相澤に言いたいことがあって」
しばらくしてようやく呼吸が落ち着いてきた頃、長谷くんが呟いた。
「〝大切な人が自分のせいで死んだらどうする〟って質問のこと。前に、体育の時間に言ってたやつ。覚えてんだろ?」
覚えててくれたんだ。
逆に、そう思ってしまった。あの体育の日はもうだいぶ前のことなのに。
驚きつつも、頷いた。
「俺、ちょっと考えてたんだ。あの質問の答え。でも、結局わからなかった。そういう境遇になったことがないから、あまりにも想像がつかなくて。まぁ、それでもこうするだろうなぁとかこう思うだろうなぁとかは想像できたけど、こういうこと、軽々しく言えないなって思って」
……そんなに、真剣に考えてくれたんだ。
結局、答えはわからなかったのに。〝わからなかった〟という答えを、わざわざ今、教えてくれたんだ。
まじめで、こんな変な質問にも真剣に考えてくれる。
その姿勢がうれしかった。
「そっか……いいの。考えてくれて、ありがとう」
心からの感謝を伝える。すると、長谷くんは不振そうな顔で私を見返した。
「なんだったの、この質問」
井上さんと同じ反応に、思わず口をつぐんだ。
すぐに察したように、長谷くんは首を振る。
「あー、いや、言いたくないならいいんだけど」
また、このパターンだ。何も言えない私に対して、長谷くんはすぐ引き下がるようになってしまった。
でも、……今は。
話したい、と思った。
怖くてたまらないけれど。
体が震え出しそうだけれど。
唇を薄く開いて、何度も躊躇して。
でも、口にした。
「……ある人が、亡くなってしまって」
長谷くんが、ふっと私の方を見たのを感じた。
「本当は、私の……せいなの。だから、どうしたらいいのかわからなくて」
それ以上、詳しいことは言わなかった。長谷くんは修ちゃんの存在を知っているけれど、それに関してはできる限り、感づかれないようにしたかった。
でもそれは、自分が責められるのが怖いから、という保身のためじゃない。
そう、それは。
ことの顛末を話せば、長谷くんは〝それは相澤のせいじゃない〟と答えるかもしれない、と気づいたからだ。
蓮くんが、そう反応したように。こと細かに話して、もし長谷くんも蓮くんみたいに〝相澤のせいじゃない〟なんて言ったら、その言葉に甘えてしまうような気がした。
でも、私はそう言われたとしても、結局自分を責めてしまうんだ。
言われた瞬間は少し気持ちが収まるかもしれないけれど。また時間が経てば、きっと私はまた自分を責めてしまう。
人になんて言われても、自分が責任を感じている限り抜け出せない。
自分が納得していない限り、いつまで経っても変わらない。この感情は、私自身が生み出すものだから。
だから、長谷くんに公園で相談に乗ってもらった時も、修ちゃんのことを口に出すのはやめたんだ。
長谷くんの顔をそっと見やると、私の言葉に表情は変えず、ただしばらくの間黙っていた。
そしてひとこと、それは重いな、と、呟いた。私の言うことが事実か、事実じゃないかは置いておいて、ちゃんとそれを現実として考えてくれているようだった。
でも、私の言葉をまじめに捉えてくれる長谷くんには、負担の大きい相談だったかもしれない。
さっきだって、私の重い質問にわからなかったと答えたばかりなのに。
「難しいな……本当に。誰がとか、相澤が何をしてそうなったのかとか、状況にもよるけど……。いま警察に捕まってるわけじゃないんだから、殺人とか、意図的なものじゃないんだろ? ただ、それが相澤の意に反してそうなってしまったことなら、つらくて、どうしようもないな」
「ごめん……いいの。聞いてみたかっただけだから」
また、沈黙が落ちる。長谷くんはそれでも、やっぱり考えているようだった。
でも、さっきと同じように答えは出せないのだろう。
長谷くんは無責任に、その場しのぎの答えは出せない人だから。