君の秘密を聞かせて
「……相澤はさ、俺の意見を聞いてどうしようと思ったの」

 長谷くんは、逆に質問してきた。

 驚いて、長谷くんを見つめてしまった。

「え……?」

「〝俺がもし大切な人を死なせてしまったらどうするか〟っていうやつ。それって、つまりは相澤自身の話に繋がってたんだろ。それで、俺の言葉を聞いて、どうしようと思ったの?」

「どう、って……」

 特には、何も考えてなかった。

 でも聞くからには、参考にしようと思ったのだと思う。それしかない。他の人だったら、どうするのか。どんな答えを出すのか。

 井上さんだったら。

 蓮くんだったら。

 長谷くんだったら。

 私の立場になった時、どうやって答え出すのか。参考にしたかったんだ。

 そう答える前に、長谷くんが語った。

「相澤。その質問にはさ、自分で答えを出せよ。それはすごく、すごくつらいだろうけどさ……。相澤ならできるよ。結局のところさ、人からもらった答えっていまいち納得できないもんだから。だから、どんなにつらくても……ひたすら向き合って、自分で見つけるのがいいんだと思うよ。つらいときは、俺とか葉月がいくらでも話聞くから」

 長谷くんは今までに見たことのない、穏やかな表情をしていた。

 そして数秒後、はっとして、俺結局なんにもアドバイスしてないなー、と頭を抱える。その表情の変わり具合がおもしろくて、私はぷっと吹き出してしまった。

「……なんだよ」

 長谷くんが、怒ったように私を睨む。

 長谷くんには、教えられてばかりだ。

「……そうだね」

 私はずっと、どうしたらいいのかわからなくて、答えを欲しがってた。

 井上さんから。

 蓮くんから。

 長谷くんから。

 そして、修ちゃんから。

 誰かが、私に答えを教えてくれるんじゃないかって思っていた。だから、どこかにあるはずのそれを探し求めていた。……でも、違ったんだ。

 そっと胸に手を置く。

 答えはここ。私自身の中にある。

 誰でもない、私の心の中にあるんだ。

 そしてその答えは、探すまでもなく、はじめからここにあった。

 気づいたのは、さっき。修ちゃんの過去の幻影を見てから。

 本当は、最初から答えは出ていた。

 ただ、向き合いたくなかっただけ。

 あまりにつらすぎて、逃げてきただけ。

「……ありがとう。私、わかった気がするの。自分がこれから、どうしたいのか」

 長谷くんが、目を軽く開いた。さっきまで大泣きしていた私が、もう悩みに対して答えを出していたとは思っていないようだった。

 深呼吸して、私は続けた。

「あのね、私……」

「いや、言うな。その先は、いいよ」

 意外にも言葉を止められて、私は口を閉ざした。

 長谷くんを見返すと、苦笑いを浮かべていた。

「俺、この前、萩原に詰め寄られてさぁ」

「……えっ?」

 急に蓮くんの名前が出てきて、変な声が出た。

「相澤のこと好きなの、って聞かれたんだ。いやいや、まさかって言ったけどね。だって俺、葉月と付き合ってるし。荻原さ、そうだよね、なんて言って笑って去っていったけど、目が全然笑ってなかったんだよなぁ。やっぱさ、あいついたんだよ、この前うちらが本屋に行った日。あいつの目には俺らがデートでもしてるように映ったんだろうね」

 長谷くんが、ぞっとしたように両肩を押さえる。

 ……そんなこと、あったんだ。

 私には一言もそんなこと言わなかったけど……。……言えなかったのかな。

 苦笑いから穏やかな笑みに変わった長谷くんは、すっと立ち上がった。

「だからさ。大事なことを話すなら、まずあいつに話せよ。相澤が考えたことなら、あいつはなんでも受け止めてくれるよ。彼氏じゃないらしいけどさ、大切なんだろ。相澤って、あいつと話してる時が一番安心した目してる」

 言われて、また、涙が出た。

 まだ出るんだと、自分でも驚くくらいにぽろぽろと涙が落ちる。ほとんど反射的な反応だった。

 長谷くんが慌てて中腰になった。

「おいおい、なんだよ。俺が泣かせたみてーじゃねーか」

「ごめん、違うの、これは……なんていうか、ほっとしちゃって」

 そうなんだ。

 そうだね。

 私、ほっとするの。

 蓮くんがそばにいると。

 優しい毛布に包まれてるみたい。

 どんなに冷たい風の中に立ってても、氷の中みたいに肺まで冷えそうな空間にいたとしても、二人ならあったかい気持ちになれる。二人でいると、安心して、冷たく凍ってしまった心がじわじわと溶けていく気がする。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ——私、やっぱり蓮くんが、好きなんだ。


< 39 / 52 >

この作品をシェア

pagetop