君の秘密を聞かせて
〝誕生日は一月二十四日〟
〝昔ハムスターを飼っていた。動物は好きだけど、爬虫類は苦手〟
「え……?」
体が固まる。
目を疑って、その文章を何度も見返した。でも目の前のメモ書きは何度見ても変わらず、きれいな筆跡で整然とそこに並んでいる。
……私。
こんなこと、蓮くんに話したっけ……?
記憶を辿った。でもどこまで遡っても、誕生日や昔買っていた動物について蓮くんの前で話した覚えはなかった。
震える手で、次のページをめくる。
こんなこと、しちゃいけないのに。手が勝手に動いて、パラパラとその先を見てしまう。
どこまでいっても、そこには私に関する情報が続いていた。
〝小学生の頃は手芸部で、編み物にハマっていた〟
〝映画館に入ると十五分くらいで寝てしまうので、お母さんにもう連れていかないからねと言われている〟
〝昔家族で行った里山のロープウェイが気に入っていて、毎年ゴールデンウィークに登っている〟
そして、最後のページにはメールアドレスが書いてあった。
私の、スマホのアドレス。高校生になってからは誰にも教えたことのなかった、いまや家族相手にしか使わなくなってしまったアドレス。
こんなの……どこで、知ったっていうんだろう。
思わず、手帳を手に持ったまま、走り出していた。
蓮くんは、まだこの校内にいるはず。どこにいるんだろう。用事って、なんだろう。
なぜか、あそこにいるような気がした。
屋上。私は息が切れるのをそのままに、二段跳びで階段を駆け上がった。
いつもの、屋上前の空間。ドアは閉まっているけれど、よく見るとほんの一センチほど開いていて、そこから夕暮れの強い光が差し込んでいる。
いた。
蓮くんだ。
そして、横にも誰かいる。
——井上さん、だ。
心臓が、バクバクと動き出す。走った距離以上に、呼吸が乱れている。
何を話しているの?
なんでこんな時間に、二人が集まってるの?
なんで、蓮くんはこれから井上さんと会うんだって、私に……言ってくれなかったの?
北の方から、黒い雲が立ち込めている。今まで強い橙色に染まっていた世界が、一瞬の間に灰色に塗りつぶされる。
風向きが変わって、二人の会話が聞こえてきた。
「相澤さんとは、仲よくできてるの?」
私の……話?
思わず、ごくり、と唾を飲んだ。
井上さんの問いに答える蓮くんの声は、いつもとは違う、沈んだものだった。
「どうかな……芽依ちゃんには、僕じゃないのかもしれない」
「えー? なんでそんなこと言うのよ」
「この前芽依ちゃんが、うちの学校の男子生徒と歩いてたんだ。思わずついていったら……なんだかいい雰囲気で。いろんな話してて、相談もして……頼ってる、みたいだった。あとで芽依ちゃんにそのことは報告されたけど、随分日にちが経ってからだったし……。……やっぱり、芽依ちゃんは僕より、ああいう人の方が好きなのかなって思って」
「なにそれ。男子生徒って誰よぉ」
知らない人、と言って蓮くんがはぐらかす。
それはきっと、長谷くんのことだ。蓮くんはまだ私と長谷くんのことを疑っている。でも井上さんに気を遣ってるのか、名前までは出さないでいるようだった。
井上さんが、蓮くんの背中をパン、と強く叩いた。
「そんなこと言わないで、がんばってよー。修二のお願いでしょ? 相澤さんには蓮じゃないと、修二が悲しむよ」
——え?
予想もしない言葉に、全身の力が抜けていく。
頭が混乱して、視界が乱れていく。
今……修二、って言った?
それって……。
修ちゃん、のこと?
拍子に、右手から蓮くんの手帳が滑り落ちた。
トサ、という小さな音にも、二人は敏感に反応して振り返る。
まるで二対一、という構図のように、私は二人と向かい合っていた。
「……芽依ちゃん」
驚いた、蓮くんの表情。
そして、蓮くんが一歩、私に近づこうとした瞬間。
私は踵を返して、階段を駆け降りていた。
〝昔ハムスターを飼っていた。動物は好きだけど、爬虫類は苦手〟
「え……?」
体が固まる。
目を疑って、その文章を何度も見返した。でも目の前のメモ書きは何度見ても変わらず、きれいな筆跡で整然とそこに並んでいる。
……私。
こんなこと、蓮くんに話したっけ……?
記憶を辿った。でもどこまで遡っても、誕生日や昔買っていた動物について蓮くんの前で話した覚えはなかった。
震える手で、次のページをめくる。
こんなこと、しちゃいけないのに。手が勝手に動いて、パラパラとその先を見てしまう。
どこまでいっても、そこには私に関する情報が続いていた。
〝小学生の頃は手芸部で、編み物にハマっていた〟
〝映画館に入ると十五分くらいで寝てしまうので、お母さんにもう連れていかないからねと言われている〟
〝昔家族で行った里山のロープウェイが気に入っていて、毎年ゴールデンウィークに登っている〟
そして、最後のページにはメールアドレスが書いてあった。
私の、スマホのアドレス。高校生になってからは誰にも教えたことのなかった、いまや家族相手にしか使わなくなってしまったアドレス。
こんなの……どこで、知ったっていうんだろう。
思わず、手帳を手に持ったまま、走り出していた。
蓮くんは、まだこの校内にいるはず。どこにいるんだろう。用事って、なんだろう。
なぜか、あそこにいるような気がした。
屋上。私は息が切れるのをそのままに、二段跳びで階段を駆け上がった。
いつもの、屋上前の空間。ドアは閉まっているけれど、よく見るとほんの一センチほど開いていて、そこから夕暮れの強い光が差し込んでいる。
いた。
蓮くんだ。
そして、横にも誰かいる。
——井上さん、だ。
心臓が、バクバクと動き出す。走った距離以上に、呼吸が乱れている。
何を話しているの?
なんでこんな時間に、二人が集まってるの?
なんで、蓮くんはこれから井上さんと会うんだって、私に……言ってくれなかったの?
北の方から、黒い雲が立ち込めている。今まで強い橙色に染まっていた世界が、一瞬の間に灰色に塗りつぶされる。
風向きが変わって、二人の会話が聞こえてきた。
「相澤さんとは、仲よくできてるの?」
私の……話?
思わず、ごくり、と唾を飲んだ。
井上さんの問いに答える蓮くんの声は、いつもとは違う、沈んだものだった。
「どうかな……芽依ちゃんには、僕じゃないのかもしれない」
「えー? なんでそんなこと言うのよ」
「この前芽依ちゃんが、うちの学校の男子生徒と歩いてたんだ。思わずついていったら……なんだかいい雰囲気で。いろんな話してて、相談もして……頼ってる、みたいだった。あとで芽依ちゃんにそのことは報告されたけど、随分日にちが経ってからだったし……。……やっぱり、芽依ちゃんは僕より、ああいう人の方が好きなのかなって思って」
「なにそれ。男子生徒って誰よぉ」
知らない人、と言って蓮くんがはぐらかす。
それはきっと、長谷くんのことだ。蓮くんはまだ私と長谷くんのことを疑っている。でも井上さんに気を遣ってるのか、名前までは出さないでいるようだった。
井上さんが、蓮くんの背中をパン、と強く叩いた。
「そんなこと言わないで、がんばってよー。修二のお願いでしょ? 相澤さんには蓮じゃないと、修二が悲しむよ」
——え?
予想もしない言葉に、全身の力が抜けていく。
頭が混乱して、視界が乱れていく。
今……修二、って言った?
それって……。
修ちゃん、のこと?
拍子に、右手から蓮くんの手帳が滑り落ちた。
トサ、という小さな音にも、二人は敏感に反応して振り返る。
まるで二対一、という構図のように、私は二人と向かい合っていた。
「……芽依ちゃん」
驚いた、蓮くんの表情。
そして、蓮くんが一歩、私に近づこうとした瞬間。
私は踵を返して、階段を駆け降りていた。