君の秘密を聞かせて
*
井上さんと別れると、私は自分の教室には戻らず、蓮くんのクラスへと向かった。
一時間目が終わり、今は二時間目が始まる前の休憩時間だった。
教室に着くまで待てず、私はチャットを送った。
〝今、話せる?〟
でも返事は返ってこないまま、D組に到着してしまった。他クラスだけれど躊躇なくドアを開け、覗き込んでみる。
でも、蓮くんの姿はどこにもない。
恥ずかしいなんて考えている余裕もなく、すぐさま私はそばに座っていた女の子に声をかけた。
「あの……萩原蓮くん、いますか?」
「え? えーと……あれ? 朝のホームルームはいた気がするんだけどな。一時間目は……もしかしたら、いなかったかも」
この前蓮くんの鞄があった席を見ると、彼女の言うとおり鞄はかかっていて、登校はしているようだった。でも姿が見えない。
どこへ行ってしまったんだろう。
すると、後ろで騒いでいた男の子の一人が割り込んできた。
「荻原だろ? またいつもの失踪じゃね?」
その言葉尻に、明らかに嫌味のような空気が含まれていて、私は眉根を寄せた。
失踪って……なに?
男の子は私の表情にも気にせず、話し続ける。
「あんたも気をつけなよ。あいつ、誰かのストーカーしてるって噂あるから。俺見たんだよね、あいつが授業サボって視聴覚室からずっとどっかの教室眺めてんの。他にも、グラウンドにずっと座ってたりとか、駅前でずーっと座ってたりとか。なんかこぇーよ、あいつ」
その言葉に、ようやく止まっていた涙がまた出そうになった。
でもそれは、悲しいからじゃない。
怒りからくるものだ。
〝私のこと心配だっていうなら、二十四時間私のこと見てるくらいじゃないと〟
蓮くん……。
やっぱり、私のこと……見てたんだ。
私と会った日からじゃない。高校一年生の頃から、ずっと。授業をサボってまで……。
視聴覚室はL字型になった校舎の端にあるから、私が窓際の席にいたなら見ることはできたかもしれない。
私はずっと暗い顔をしていたから、修二ちゃんの命日である二月二十六日、三笠駅じゃなくても……駅前のホームから飛び降りようとするのを予測できたかもしれない。
でも、もうそんなことしなくていい。
私はもう、死のうとなんてしないから。
みんなからの評判や、大切な勉強の時間を犠牲にして、私のことなんか見ていなくていい。
だからお願い。
今すぐ、私の前に現れて。
「あんた、もしかして荻原のこと好きなの? やめとけよー、あんな変人。ストーカーするほど気になる女がいるくせに、寄ってくる女子は手当たり次第に手つけて、遊ばれて最後は振られるって噂だから。やばすぎる」
近くにいた男の子たちも話が聞こえたのか、くつくつと笑い出す。
一方で、同じように聞こえていたらしい女の子たちは彼らを強く睨みつけた。
「ちょっと、やめなよ。そういう根も歯もない……」
「違い、ます」
彼女たちが反論してくれるのを遮って、思わず前に出た。
絶対に、涙はこぼさない。そう誓って、私は目を大きく広げたまま、叫んだ。
「蓮くんは、そんな人じゃないです!」
その瞬間、クラスの人たちみんなが振り返った。
一斉に注目を浴びて、いつもの私だったら逃げ出すところだったかもしれない。でも私はその場に踏ん張り、向けられたすべての視線を真っ向から受け止めた。
悔しい。蓮くんは、そんな人じゃない。
見た目とか、ちょっと変わった行動とか、薄っぺらい表面だけを見て決めつけないでほしい。
蓮くんは、すてきな人なんだ。
いつだって、私のことを心配してくれた。
自分の中のいろいろなものを犠牲にしてまで、私を守ろうとしてくれた。
そんな優しさが伝わっていない人がいることが悲しくて、許せなくて、体が震えていた。
「……人のことよく知りもしねーのに、よくそんな噂信じられるな」
どこからか声が降ってきて、とん、と背中を押された。
振り返ると、長谷くんが真後ろに立っていた。
移動教室の途中らしい。手には美術の教科書を持っている。
長谷くんの大きな体つきと鋭い睨みに、蓮くんのことを悪く言った男の子がすっと教室の奥へと引っ込んでいった。
思わずほっとして長谷くんと向き直ると、長谷くんが少し恥ずかしそうに小声で囁いてきた。
「相澤。葉月知らね? なんか一時間目にいなかったんだけど。相澤もいなかっただろ? 一緒だったのかなと思って」
井上さんがいなくて、心配だったんだ。
質問にすぐに答えてあげたいのに、見知った顔を見たらやっぱり涙が出てきてしまって、私は袖で頬を擦りながら答えた。
「あ……井上さんなら、もう教室に戻ってると思う。さっきまで、私と屋上で話してたから……」
途切れ途切れに話す私に、長谷くんは焦った顔をする。
「なに、なんかあったのか? 萩原のこと探してんの?」
泣きながらD組で叫んでいる私は、どう見たって普通じゃない。長谷くんは何かを察したように、キョロキョロと蓮くんを探している。
でも、チャイムが鳴ってしまった。
次の授業が始まる。
「手伝おうか」
それでもかまわず私のそばにいようとする長谷くんに、首を振った。
「……ううん。長谷くんは、井上さんのところに行ってあげて。井上さん、さっき私と話してて……ちょっと、気持ちが落ちてるかもしれないから」
長谷くんの眉間に皺が寄る。
とりあえず教室に戻ろうとする前に、長谷くんは私の背中をポンと叩いた。
「先生にはうまく言っておくからな」
私は頷くと、またあてもなく走り出した。
井上さんと別れると、私は自分の教室には戻らず、蓮くんのクラスへと向かった。
一時間目が終わり、今は二時間目が始まる前の休憩時間だった。
教室に着くまで待てず、私はチャットを送った。
〝今、話せる?〟
でも返事は返ってこないまま、D組に到着してしまった。他クラスだけれど躊躇なくドアを開け、覗き込んでみる。
でも、蓮くんの姿はどこにもない。
恥ずかしいなんて考えている余裕もなく、すぐさま私はそばに座っていた女の子に声をかけた。
「あの……萩原蓮くん、いますか?」
「え? えーと……あれ? 朝のホームルームはいた気がするんだけどな。一時間目は……もしかしたら、いなかったかも」
この前蓮くんの鞄があった席を見ると、彼女の言うとおり鞄はかかっていて、登校はしているようだった。でも姿が見えない。
どこへ行ってしまったんだろう。
すると、後ろで騒いでいた男の子の一人が割り込んできた。
「荻原だろ? またいつもの失踪じゃね?」
その言葉尻に、明らかに嫌味のような空気が含まれていて、私は眉根を寄せた。
失踪って……なに?
男の子は私の表情にも気にせず、話し続ける。
「あんたも気をつけなよ。あいつ、誰かのストーカーしてるって噂あるから。俺見たんだよね、あいつが授業サボって視聴覚室からずっとどっかの教室眺めてんの。他にも、グラウンドにずっと座ってたりとか、駅前でずーっと座ってたりとか。なんかこぇーよ、あいつ」
その言葉に、ようやく止まっていた涙がまた出そうになった。
でもそれは、悲しいからじゃない。
怒りからくるものだ。
〝私のこと心配だっていうなら、二十四時間私のこと見てるくらいじゃないと〟
蓮くん……。
やっぱり、私のこと……見てたんだ。
私と会った日からじゃない。高校一年生の頃から、ずっと。授業をサボってまで……。
視聴覚室はL字型になった校舎の端にあるから、私が窓際の席にいたなら見ることはできたかもしれない。
私はずっと暗い顔をしていたから、修二ちゃんの命日である二月二十六日、三笠駅じゃなくても……駅前のホームから飛び降りようとするのを予測できたかもしれない。
でも、もうそんなことしなくていい。
私はもう、死のうとなんてしないから。
みんなからの評判や、大切な勉強の時間を犠牲にして、私のことなんか見ていなくていい。
だからお願い。
今すぐ、私の前に現れて。
「あんた、もしかして荻原のこと好きなの? やめとけよー、あんな変人。ストーカーするほど気になる女がいるくせに、寄ってくる女子は手当たり次第に手つけて、遊ばれて最後は振られるって噂だから。やばすぎる」
近くにいた男の子たちも話が聞こえたのか、くつくつと笑い出す。
一方で、同じように聞こえていたらしい女の子たちは彼らを強く睨みつけた。
「ちょっと、やめなよ。そういう根も歯もない……」
「違い、ます」
彼女たちが反論してくれるのを遮って、思わず前に出た。
絶対に、涙はこぼさない。そう誓って、私は目を大きく広げたまま、叫んだ。
「蓮くんは、そんな人じゃないです!」
その瞬間、クラスの人たちみんなが振り返った。
一斉に注目を浴びて、いつもの私だったら逃げ出すところだったかもしれない。でも私はその場に踏ん張り、向けられたすべての視線を真っ向から受け止めた。
悔しい。蓮くんは、そんな人じゃない。
見た目とか、ちょっと変わった行動とか、薄っぺらい表面だけを見て決めつけないでほしい。
蓮くんは、すてきな人なんだ。
いつだって、私のことを心配してくれた。
自分の中のいろいろなものを犠牲にしてまで、私を守ろうとしてくれた。
そんな優しさが伝わっていない人がいることが悲しくて、許せなくて、体が震えていた。
「……人のことよく知りもしねーのに、よくそんな噂信じられるな」
どこからか声が降ってきて、とん、と背中を押された。
振り返ると、長谷くんが真後ろに立っていた。
移動教室の途中らしい。手には美術の教科書を持っている。
長谷くんの大きな体つきと鋭い睨みに、蓮くんのことを悪く言った男の子がすっと教室の奥へと引っ込んでいった。
思わずほっとして長谷くんと向き直ると、長谷くんが少し恥ずかしそうに小声で囁いてきた。
「相澤。葉月知らね? なんか一時間目にいなかったんだけど。相澤もいなかっただろ? 一緒だったのかなと思って」
井上さんがいなくて、心配だったんだ。
質問にすぐに答えてあげたいのに、見知った顔を見たらやっぱり涙が出てきてしまって、私は袖で頬を擦りながら答えた。
「あ……井上さんなら、もう教室に戻ってると思う。さっきまで、私と屋上で話してたから……」
途切れ途切れに話す私に、長谷くんは焦った顔をする。
「なに、なんかあったのか? 萩原のこと探してんの?」
泣きながらD組で叫んでいる私は、どう見たって普通じゃない。長谷くんは何かを察したように、キョロキョロと蓮くんを探している。
でも、チャイムが鳴ってしまった。
次の授業が始まる。
「手伝おうか」
それでもかまわず私のそばにいようとする長谷くんに、首を振った。
「……ううん。長谷くんは、井上さんのところに行ってあげて。井上さん、さっき私と話してて……ちょっと、気持ちが落ちてるかもしれないから」
長谷くんの眉間に皺が寄る。
とりあえず教室に戻ろうとする前に、長谷くんは私の背中をポンと叩いた。
「先生にはうまく言っておくからな」
私は頷くと、またあてもなく走り出した。