君の秘密を聞かせて
 でも、どこへ行っても蓮くんはいなかった。

 授業中の廊下を走り抜ける。先生や生徒が教室の中から不思議そうに私の方を見るけれど、咎められる前に全力でその場を通り過ぎた。

 階段の途中で足を止めて、もう一度チャットをする。

〝どこにいるの?〟

 でも、返事はない。電話をかけても、出てくれない。

 嫌な予感がして、胸が押し潰されそうになった。

 きっとあの日、蓮くんも今の私と同じ気持ちだったのかな。

 私が駅のホームから飛び降りようとした、あの日。

 修ちゃんの、命日。

 蓮くんはきっと、あの日が来るのを怖がっていた。何かが起こるんじゃないかと思って、ずっと私のことを見ていた。そして、朝から〝君の秘密、知ってる〟なんて気になるメールを送って、気を引いて。放課後待ってる、と送ったあとも、本当に来るかなんてわからないから、気が気じゃなくて、ずっと不安で。

 私も蓮くんが屋上で〝ここから飛び降りようかな〟なんて言った時、本当に怖かったのに。

 ごめんね。

 蓮くん、ごめん。

 どこにいるの?

 今更会いたいなんて、虫がよすぎる。

 昨日もたくさん連絡をくれたのに、無視した私が今度は連絡を欲しがるなんて、自分勝手だ。

 それでも、諦めることなんてできなかった。

 ひたすらに校内を走り続けた。でも、どこへ行っても蓮くんの姿はない。

 もう何度目かわからない、涙がぼろぼろと溢れていく。

「……芽依!」

 その時、どこからか声がした。

 はっとして振り返る。でも、廊下の先には誰もいなかった。

 だけど……。

 感じる。気配を。

 誰かが、私を……見ている。

 階段の向こう。たしかに、誰かが、そこにいる。

 声がした方へ、私はふらふらと走り出した。

 階段を覗くと、誰かが駆け降りていく服の裾が見えた。

 さわやかな青い生地——この学校の、中学生の制服。

 無我夢中で、その姿を追う。涙で前が見えなくても、かまわずに。

 まるで導かれるように、私はその影を追い続けた。



 学校を出ると、私はそのまま走り続けた。

 前方を誰かが走っている。曲がり角を曲がると、その誰かがまた道を曲がっていく。その人物が行くままに、私は道を走り続けた。

 十分ほどそうしていて、たどり着いたのは最寄りの駅だった。

 遠くに見える、いつもの景色。通勤通学の時間帯が終わったところなのか、今、ホームには誰もいない。

 ただ、一人。

 ホームの端、静かに佇む蓮くんを除いて……。

 警報機がカンカンと鳴って、レバーが世界を分断しようとしている。

 私はそれが下がり切る前に、前のめりに向こう岸へと渡った。

 涙が、落ちていく。

 それでも、その涙すらもその場に置いていくくらいのスピードで、私は駆け抜けた。

『列車が通過します。危ないですから黄色い線までお下がりください……』

 蓮くん。

 ごめんね。

 ごめんなさい。

 今まで、きっと私は、蓮くんにいろんなことをさせてきた。

 ずっと気にさせて、ずっと不安にさせてきた。

 蓮くんだって、修ちゃんが亡くなってつらかったはずなのに。

 二人がどれくらい親密だったのかはわからないけれど、私と同じくらい、ショックだったはずなのに。

 蓮くんは、修ちゃんと交わされた何かの〝お願い〟を守ろうとしていたんだよね。

 でも、もう私のことなんて忘れていいから。

 修ちゃんのお願いなんて、破っていいから。

 ……お願いだから、間に合って。

 定期券を手にしていない私は、当然改札機に阻まれた。それでも、ごめんなさいっ、と叫びながらそのドアを跨ぐようにして通り抜けた。

 背後に駅員さんの声がしたけれど、足を止めなかった。

 ホームへ出る。左手を見ると、ずっと先、先頭車両が止まる辺りに立っている蓮くんの姿が見えた。

 もう、通過車両は目の前まで迫っていた。

 ごうごうと、世界が振動する。

 蓮くんの右足が、一歩、前に出る。

 待って。

 お願い。

 お願い——行かないで!

「——蓮くん!」

 飛びつくように、蓮くんの体にしがみついた。

 驚いたような表情の蓮くんを視界に捉えたあと、次の瞬間にはもう、私たちはホームに倒れていた。

 ごうっ、と耳元で風を切る音がして、一瞬、跳ねられたかと思った。いつから鳴っていたのか、危険を知らせる警笛の音がしていた。

 でも、私は生きていた。

 蓮くんも。ホームぎりぎりのところで、私たちは倒れていた。

 遠くから、駅員さんが走ってくる足音が聞こえる。それにもかまわず、私は蓮くんのことを強く抱きしめていた。

「……芽依ちゃん」

「死んじゃだめだって言ったの、蓮くんじゃん……!」

 最初に出てきた言葉は、心配でも謝罪でもなくて。文句みたいな言葉になってしまった。

 でも涙は止まらなくて、しがみつくようにして泣いた。

「……ごめ、ん」

 蓮くんに抱きしめ返されて、私はようやく、生きている実感が湧いていた。


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