君の秘密を聞かせて
*
駅員さんに謝り、入場料を払って外に出ると、私たちはベンチに座った。
駅前のベンチ。前に、蓮くんが私を張り込んでいた場所だ。
いくつもの電車が通り過ぎるのを見ながら、私たちは魂が抜けてしまったかのように、いつまでもそこに座っていた。
行き交う人々、車に電車。
世界は動いているのに、私たちだけは時間が止まってしまったかのように感じる。
「……井上さんに、少しだけ話、聞いたの」
気持ちが落ち着いてきて、ようやく頭が動き出してきたところで私は呟いた。
蓮くんはぴくりと体を揺らして、そのあと、静かに俯いた。
「ごめんね……」
謝罪の言葉。
何に対しての謝罪かはわからなかったけれど、私は大きく首を振った。
謝るのは、私の方だ。
「蓮くんの口から、聞きたい」
蓮くんの、秘密。
聞かせてよ。私ばっかりじゃなくて。
もしかしたら、昨日送られてきたチャットにそのすべてが書いてあるのかもしれない。でも、私は最後の〝ごめんね〟の文章以外、まだ読んでいなかった。
昨日は、怖くて読むことなんてできなかったから。
でも今は、読むよりも、聞きたいという気持ちが勝っていた。
何を言われても、受け入れて、この先を生きる覚悟ができていた。
「あの日……」
蓮くんが、ぽつりと切り出す。
遠い目をしている蓮くんは、空のどこかに修ちゃんを探しているかのようだった。
「……事故のあった、あの夜。修二は横浜に行って……芽依ちゃんだけじゃなくて、僕にもお土産を用意していたんだ。これ……」
蓮くんは制服の内ポケットに手を入れて、何かを取り出した。
それは、タコのキーホルダーだった。
いろいろなキーホルダーを集めている蓮くんの趣味を知って、修ちゃんが選んだのだろうか。
「これを受け取った時、修二は他に豚まんも持っててさ……。ありがとうって受け取ろうとしたら、これはこのあと渡しにいく幼馴染の分だって断られた。僕の分は、なんて言って、ねぇよ、なんて言われて笑って。……それが最後だった」
ぎゅっと、キーホルダーを握る。
その手が震えて、今にもすべてが崩れていきそうに見えた。
「……僕の家に来なかったら、修二はあの駅で乗り換えることもなかったんだ。玄関先でもう少し話していたら、事故のきっかけになった女の子と鉢合わせることもなかったんだ。……いや、そうじゃない。はじめから……僕なんかと知り合ってなんてなければ……」
私はまた、蓮くんの体を抱きしめた。
駅前には多くの人が行き交っていて、通り過ぎざまにちらちらと私たちを見る視線を感じる。でも、そのすべてを無視した。
蓮くんの体を強く抱きしめて、私がいつもされているように、心ごと温めてあげたいと思った。
「ごめん……。言い出せなかった。知られるのが怖かった。修二が亡くなったのは、芽依ちゃんのせいじゃないよ。僕の……せいだ」
——蓮くんも、苦しんでたんだ。
蓮くん、だけじゃない。井上さんも。みんな苦しんでたんだ。
いろいろなことが重なって。
大事な、大切な人が一人、この世から消えてしまった。
すぐに受け入れられるわけなんか、ない。一生受け入れられないかもしれない。
私も、井上さんも、蓮くんも。一年経った今でも、ちっとも立ち直ってなんかない。
……でも。
「……生きなきゃ」
生きよう。
つらくて、悲しくて、どうしようもなくても。
自分たちのやり方で、乗り越えていくしかない。
ただ、この気持ちから、逃げることだけはしちゃいけないんだ。
もう会うこともできない。謝ることも、償うこともできない。
それでも、私たちは。
逃げずに、生きていくんだ。
「ねぇ。一緒に、生きよう」
あの日、蓮くんに言われた言葉が自分の口から出てきて、自分でも驚いた。
蓮くんが、小さく頷く。涙が首筋に触れて、悲しみが伝わってくる。
私もさっきから、ずっと涙が止まらない。でも、こうしているだけでも冷たい涙が少しだけ温まるような気がして、私は蓮くんを抱きしめる手に力を込めた。
それに返そうとしてくれる蓮くんの腕も力強くて、私は見えない未来に、どこか小さな希望を感じていた。
駅員さんに謝り、入場料を払って外に出ると、私たちはベンチに座った。
駅前のベンチ。前に、蓮くんが私を張り込んでいた場所だ。
いくつもの電車が通り過ぎるのを見ながら、私たちは魂が抜けてしまったかのように、いつまでもそこに座っていた。
行き交う人々、車に電車。
世界は動いているのに、私たちだけは時間が止まってしまったかのように感じる。
「……井上さんに、少しだけ話、聞いたの」
気持ちが落ち着いてきて、ようやく頭が動き出してきたところで私は呟いた。
蓮くんはぴくりと体を揺らして、そのあと、静かに俯いた。
「ごめんね……」
謝罪の言葉。
何に対しての謝罪かはわからなかったけれど、私は大きく首を振った。
謝るのは、私の方だ。
「蓮くんの口から、聞きたい」
蓮くんの、秘密。
聞かせてよ。私ばっかりじゃなくて。
もしかしたら、昨日送られてきたチャットにそのすべてが書いてあるのかもしれない。でも、私は最後の〝ごめんね〟の文章以外、まだ読んでいなかった。
昨日は、怖くて読むことなんてできなかったから。
でも今は、読むよりも、聞きたいという気持ちが勝っていた。
何を言われても、受け入れて、この先を生きる覚悟ができていた。
「あの日……」
蓮くんが、ぽつりと切り出す。
遠い目をしている蓮くんは、空のどこかに修ちゃんを探しているかのようだった。
「……事故のあった、あの夜。修二は横浜に行って……芽依ちゃんだけじゃなくて、僕にもお土産を用意していたんだ。これ……」
蓮くんは制服の内ポケットに手を入れて、何かを取り出した。
それは、タコのキーホルダーだった。
いろいろなキーホルダーを集めている蓮くんの趣味を知って、修ちゃんが選んだのだろうか。
「これを受け取った時、修二は他に豚まんも持っててさ……。ありがとうって受け取ろうとしたら、これはこのあと渡しにいく幼馴染の分だって断られた。僕の分は、なんて言って、ねぇよ、なんて言われて笑って。……それが最後だった」
ぎゅっと、キーホルダーを握る。
その手が震えて、今にもすべてが崩れていきそうに見えた。
「……僕の家に来なかったら、修二はあの駅で乗り換えることもなかったんだ。玄関先でもう少し話していたら、事故のきっかけになった女の子と鉢合わせることもなかったんだ。……いや、そうじゃない。はじめから……僕なんかと知り合ってなんてなければ……」
私はまた、蓮くんの体を抱きしめた。
駅前には多くの人が行き交っていて、通り過ぎざまにちらちらと私たちを見る視線を感じる。でも、そのすべてを無視した。
蓮くんの体を強く抱きしめて、私がいつもされているように、心ごと温めてあげたいと思った。
「ごめん……。言い出せなかった。知られるのが怖かった。修二が亡くなったのは、芽依ちゃんのせいじゃないよ。僕の……せいだ」
——蓮くんも、苦しんでたんだ。
蓮くん、だけじゃない。井上さんも。みんな苦しんでたんだ。
いろいろなことが重なって。
大事な、大切な人が一人、この世から消えてしまった。
すぐに受け入れられるわけなんか、ない。一生受け入れられないかもしれない。
私も、井上さんも、蓮くんも。一年経った今でも、ちっとも立ち直ってなんかない。
……でも。
「……生きなきゃ」
生きよう。
つらくて、悲しくて、どうしようもなくても。
自分たちのやり方で、乗り越えていくしかない。
ただ、この気持ちから、逃げることだけはしちゃいけないんだ。
もう会うこともできない。謝ることも、償うこともできない。
それでも、私たちは。
逃げずに、生きていくんだ。
「ねぇ。一緒に、生きよう」
あの日、蓮くんに言われた言葉が自分の口から出てきて、自分でも驚いた。
蓮くんが、小さく頷く。涙が首筋に触れて、悲しみが伝わってくる。
私もさっきから、ずっと涙が止まらない。でも、こうしているだけでも冷たい涙が少しだけ温まるような気がして、私は蓮くんを抱きしめる手に力を込めた。
それに返そうとしてくれる蓮くんの腕も力強くて、私は見えない未来に、どこか小さな希望を感じていた。