君の秘密を聞かせて
 *



 花屋さんでは、名前も知らない、ほのかに青みがかった花を購入した。

 本当は、仏花は白くて枯れにくい花が適しているそうだけど。修ちゃんは青が好きだったから、ただただ喜びそうな花を選んだ。私の想いが少しでも伝わるように。一緒にきれいな花を、楽しんでもらえるように。

 包んでもらった花を両手に抱えて、私は歩き出した。

 待ち合わせ場所までは、一人で行くから——そう蓮くんには伝えてある。時間は余裕を持って出てきたから、きっと大丈夫。

 それでも何度も止まりそうになる足を、一歩一歩と前に出し駅までの道を歩いた。

「……修ちゃん。そばに……いるのかな」

 虚空に話しかける。

 そうしていると、道の先、自動販売機の横に寄りかかる彼の笑顔が浮かびあがってくるような気がする。

 大丈夫。

 また一歩、足を踏み出す。

「蓮くんから、聞いたの……。私のこと、ずっと蓮くんに勧めてたんだってね」

 蓮くんによると、修ちゃんは常々「蓮がもし高校に入学できたら幼馴染を紹介したい」と言っていたらしい。

 それであわよくば、二人が付き合えばいいなと言っていたという。

 本人のいないところで、すごい話をしているものだ。修ちゃんはあの夕暮れの教室で、私に恋人を作ってほしいと言ってはいたけれど、まさか勝手に相手まで決めて話を進めていたなんて。ちょっと信じなられない。

 でもそんな、修ちゃんのお節介で面倒見のいいところが私は好きなのだけど。

「……でもさ、蓮くんはその頃、本当はそういう話に興味がもてなくて、ずっと笑って聞き流していたんだって。知らなかったでしょ? 修ちゃん、全然相手にされてなかったんだよ」

 蓮くんは昔から恋愛に興味が持てなかったらしい。

 もしかしたら、モテすぎて逆に女の子から離れたくなったのかもしれない。その反動のように興味は勉強に向かって、今の公立よりもいろいろな体験ができるうちの高校に編入しようと塾に通い出した。そこですでに仲がよかった、修ちゃんと井上さんに出会って、勉強仲間として三人は親睦を深めていた。

 でも、修ちゃんが何度も何度も幼馴染(わたし)の話をするものだから、会ったこともないのにいつのまにか親近感が湧くようになってしまった。

 勝手に頭の中にできていく、かわいくて、おっとりしていて、ふわふわした女の子。きっと、会ったことがないからこそいい方向に想像が膨らんだのだろう。今まで近寄ってきた女の子みたいに美人さんではないけれど、純粋で、心を開いた一部の人だけには明るく人懐っこいらしい、友達の幼馴染。

 蓮くんは、次第に私のことが気になって、手帳にまとめるようになった。

 修ちゃんが話すひとつひとつの情報を、忘れないように書き留めた。私が前におふざけで撮った自撮り付きメールを、修ちゃんは蓮くんに転送して見せていたから、それで私の顔とメールアドレスも知った。

 喫茶店で三人で勉強会をしている時、偶然私が通りがかったけれど、そこに私を合流させようとして断られたのは悔しい思い出らしい。

「自分は恋人できたからってさ、修ちゃん、やりすぎだよ。言われなくても、私だっていつかはちゃんと自分で好きな人を見つけるんだからね。いつまでも修ちゃんのお世話になるわけにはいかないんだから」

 虚空に向かって文句を言ってみる。返事はないけれど、だってさー、と反論している姿が目に浮かぶ。

 でも、違うんだよね。

 修ちゃんは、本当に蓮くんを信頼してたから。友達として大好きだったから。私に勧めたかったのだと思う。

 修ちゃんが感じた通り、蓮くんは本当にすてきな人だよ。

 気配りが強すぎることはあるけれど。なんでも包み込んでくれる、なんでも受け止めようとしてくれる、強い人。

 でも、すぐ私のことで無茶をしようとするから、今度は私が蓮くんのことを守れるようになりたい。

 私も、もっともっと強くなって、蓮くんに心配なんかかけない人になりたい。

 ……ごめんね。

 私ばかり、幸せになるみたい。

 修ちゃんに、ひどいことをしておいて。私ばかり……。 

 ……ごめんなさい。

 それでも。

 私は、修ちゃんのことを背負って、生きていく。

 忘れない。大好きだった修ちゃんのこと。大好きな修ちゃんを、事故に遭わせてしまったこと。

 全部忘れずに、苦しくても、ずっと想い続けてるから。

 そういう風に、私を生きさせて。

 修ちゃん……。



 ゆっくり歩いて最寄りの駅に着くと、しばらく電車に揺られた。

 手に持つ花が揺れるのは、電車が揺れているのか、自分の手が震えているのか。それでも引き返すことなく、私はそこにじっと座り続けた。

 そして二十分ほど乗り続け、車両は目的の駅のホームへと滑り込んでいった。

 あまりの緊張に、電車のブレーキ音よりも私の心臓の音の方が大きく聞こえる。それらを割くように、味気のないアナウンスが辺りに響き渡った。

『まもなく三笠、三笠です。お降りのかたは、足元にご注意ください』

 どこかで、このまま乗り過ごしてしまえ、と声がする。

 いつだっていいんだから、と声がする。

 でも、その声に頭を振った。

 先延ばしにすることなんて、簡単。逃げ続けることだって、簡単。

 でも、修ちゃんが待ってるから。

 深呼吸をして、立ち上がった。

 貧血になったかのように、少し視界が揺れている。胸がどくどくんと鳴って、足元まで揺らしていく。

 でも……大丈夫。

 ゆっくりと一歩足を踏み出し、ホームへと降り立つと、ベンチの近くに蓮くんの姿を見つけた。

「おはよう」

「……おはよう」

 いつもの挨拶が、私の心を落ち着かせる。私は少し立ち止まり、ふう、と大きく息を吐くと、蓮くんのそばへと近寄った。

 前は、一人で来るべきだと思っていたこの駅。でも、修ちゃんが望んでいるなら蓮くんと一緒の方がいいのかもしれない、と考え直し、今日は蓮くんを誘った。

 はじめて降り立つ三笠駅は、まだ真新しいきれいな駅だった。

 この時間、あまり人は見かけないけれど、三つの路線が行き交っている大きな駅。修ちゃんはあの日、井上さんと別れて蓮くんのところへ横浜のお土産を届けたあと、路線を変えて私のところへ向かおうとしていた。

 私のところへ来なければ、修ちゃんはこの駅を使わずに、自宅へ戻るための違うホームに立っていたと思う。

 ……だけど。

 修ちゃんなら、俺がここにいたおかげで女の子が助かってよかった、なんて言いそうだから……切なくなる。

「……大丈夫?」

 涙ぐんでいる私に、蓮くんが声をかける。私はどうにか涙を引っ込めて、平気、と呟いた。

 お花を、ホームの柱に寄り掛からせて、二人で手を合わせた。

 そしてしばらくの間、私たちは祈りを捧げた。


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