君の秘密を聞かせて
一人ぼっちのお昼休みはいつも永遠のように長く感じるけれど、荻原くんと二人きりのこの時間は別の意味で、果てのないマラソンのように感じた。
ご飯を食べようにも、右隣の気配は常に私の方へと意識が向けてられていて気分が落ち着かない。お弁当は荻原くん自身が作ったとのことでとてもおいしいのだけれど、本当は食べる気になんかなれなかった。
そんな私とは対照的に、荻原くんはうれしそうに話し続けている。
「芽依ちゃん、パンよりご飯派?」
聞かれて、目の前のお弁当をぼんやりと見つめながら答えた。
「……ご飯、です」
「おにぎりだったら、梅干しと鮭、どっちがいい?」
「梅は、苦手だから……」
「そうなんだ。僕もすっぱいのはちょっと苦手」
好みが合ったのがそんなにうれしいのか、荻原くんは私の顔を覗き込むようにして笑った。
こんな調子で、荻原くんは先ほどからずっと私に質問をし続けてた。
〝好きな食べ物は?〟
〝得意な教科は?〟
〝お休みの日は何してるの?〟
まるでお見合いみたいだ。私はその問いに、ただただおもしろみのない回答をし続けている。それだけの、会話。
なのに、荻原くんは妙に幸せそうに、にこやかな表情で私を見るものだから、余計に困惑してしまう。
「あ、あの……」
我慢できなくなって、質問の合間に口を挟んだ。
こちらから話しかけたのがうれしかったのか、荻原くんが目を輝かせる。
「なに?」
「あんまり見られると、食べにくくて……」
さっきから、荻原くんの箸がまったく動いていない。食の進まない私といい勝負だけれど、荻原くんのお弁当はほとんど開けたままの状態だ。
「そうだよね、ごめん」
そう言いながら、荻原くんはようやく自分のお弁当を食べ始めた。
なんでそんなに、ご飯も忘れるほどに私を意識するのかわからない。
その表情を盗み見しながら、つい、聞いてしまった。
「あの……私といて、楽しいですか?」
「楽しい」
即座に返ってくる返事。でも、本当はこんなこと聞かなくてもわかっていた。
荻原くんは、本当に楽しそうだったから。
私を見つめる荻原くんの瞳は、無邪気な子供のように輝いている。好きな人がそばにいる時の、あの、特有の高揚感みたいなものが全身から伝わってくる。
でも、私にはそれがわからない。
私は今まで、誰かを好きになったことがなかったから。
小さい頃からクラスの男の子とは恥ずかしくて喋れないたちだったし、そういうものはきっとまだ早いのだと思っていた。唯一気兼ねなく話せる修ちゃんには明確に〝好き〟という気持ちはあったけれど、それは異性としてじゃなくて、家族愛みたいなもの。
だから、荻原くんの気持ちは私にはわからない。
荻原くんから感じる空気は、少女漫画の中のキャラクターやクラスの恋する女の子から時折感じたことがあるけれど、私自身は味わったことはない。
私も高校生になったのだからそろそろ恋愛感情を持つ時期なのかもしれないけれど、修ちゃんのことがあった今、とてもそんな気持ちにはなれなかった。
「芽依ちゃんは、何か質問ある?」
荻原くんが期待のこもった視線をこちらに向ける。でも、そんな目で見られても私は荻原くんの望む答えを返せそうになかった。
私が聞きたいことといえば、荻原くんの個人的な趣味なんかじゃなくて、もっと別の問題についてだから。
「……なんで、私のメールアドレスを知ってたんですか」
おずおずと聞いてみたけれど、荻原くんは顔色を変えたりはしなかった。
だからつい、矢継ぎ早に聞いてしまった。
「……なんで、あんなメールを送ってきたんですか? どこで私のこと知ったんですか? どうして……私、なんですか?」
そこまで言ったところで、チャイムが鳴った。
五時間目の予鈴だ。荻原くんはふっと目をつむると、ほとんど減っていないお弁当に蓋をして立ち上がった。
「じゃあ、続きはまた明日のお昼に、ね」
その言葉に、唖然としてしまう。
「え……! ……でも、今日だけ、って」
「またお昼休みに学校を抜け出したりしないか、心配だからさ」
また、お昼休みに。
昨日のことだ。放課後待ってるとメールしてきた荻原くんを無視して、私が外へ出ていってしまったから。
〝死んじゃ、だめだよ〟
荻原くんの言葉が蘇る。
「あ、あの……なにか勘違いしてるんじゃないんですか? 私、死ぬつもりなんか、ないんですけど」
そう、反論してみる。
けれど、荻原くんはただこちらを穏やかな目で見返すだけだった。
その視線が、本当に私の心の中を見透かしてくるみたいで、居心地が悪い。思わず顔を背け、手元のお弁当箱を見つめながら呟いた。
「……そんなことしても、意味ないです。だって駅なんて、その気になればお昼休みじゃなくても、いつでも行けるじゃないですか。学校に来るのだって毎朝電車に乗ってくるわけだし……。……私のこと心配だっていうなら、二十四時間私のこと見てるくらいじゃないと」
もし目の前に死にたい人がいたとして、それを力づくで止めるとしたら一日中見張っているしかない。
お昼休みだけ一緒にいたって意味なんかない。駅だけじゃない、人が死ぬことのできるタイミングなんてどこにだってあるんだから。
そう理解して、諦めてほしかった。
「それは難しいね」
荻原くんの言葉に、そっと顔を上げる。
荻原くんは顎に指を当てて、困ったように笑っていた。
「それでも、どうにかしたいって思うから、がんばるんだよ」
がんばる。
……どうして、そんな。
私の、ために?
わからない。なんで、私なんかのためにそこまでするの?
でも、今の荻原くんに聞いてみたとしても、答えは「好きだから」としか返ってこないような気がする。
だから、喉にぐっと力を入れて言葉を飲み込んだ。
消化されないままの疑問は、どこにも行けずにただ、胸の底に溜まってくばかりだった。
ご飯を食べようにも、右隣の気配は常に私の方へと意識が向けてられていて気分が落ち着かない。お弁当は荻原くん自身が作ったとのことでとてもおいしいのだけれど、本当は食べる気になんかなれなかった。
そんな私とは対照的に、荻原くんはうれしそうに話し続けている。
「芽依ちゃん、パンよりご飯派?」
聞かれて、目の前のお弁当をぼんやりと見つめながら答えた。
「……ご飯、です」
「おにぎりだったら、梅干しと鮭、どっちがいい?」
「梅は、苦手だから……」
「そうなんだ。僕もすっぱいのはちょっと苦手」
好みが合ったのがそんなにうれしいのか、荻原くんは私の顔を覗き込むようにして笑った。
こんな調子で、荻原くんは先ほどからずっと私に質問をし続けてた。
〝好きな食べ物は?〟
〝得意な教科は?〟
〝お休みの日は何してるの?〟
まるでお見合いみたいだ。私はその問いに、ただただおもしろみのない回答をし続けている。それだけの、会話。
なのに、荻原くんは妙に幸せそうに、にこやかな表情で私を見るものだから、余計に困惑してしまう。
「あ、あの……」
我慢できなくなって、質問の合間に口を挟んだ。
こちらから話しかけたのがうれしかったのか、荻原くんが目を輝かせる。
「なに?」
「あんまり見られると、食べにくくて……」
さっきから、荻原くんの箸がまったく動いていない。食の進まない私といい勝負だけれど、荻原くんのお弁当はほとんど開けたままの状態だ。
「そうだよね、ごめん」
そう言いながら、荻原くんはようやく自分のお弁当を食べ始めた。
なんでそんなに、ご飯も忘れるほどに私を意識するのかわからない。
その表情を盗み見しながら、つい、聞いてしまった。
「あの……私といて、楽しいですか?」
「楽しい」
即座に返ってくる返事。でも、本当はこんなこと聞かなくてもわかっていた。
荻原くんは、本当に楽しそうだったから。
私を見つめる荻原くんの瞳は、無邪気な子供のように輝いている。好きな人がそばにいる時の、あの、特有の高揚感みたいなものが全身から伝わってくる。
でも、私にはそれがわからない。
私は今まで、誰かを好きになったことがなかったから。
小さい頃からクラスの男の子とは恥ずかしくて喋れないたちだったし、そういうものはきっとまだ早いのだと思っていた。唯一気兼ねなく話せる修ちゃんには明確に〝好き〟という気持ちはあったけれど、それは異性としてじゃなくて、家族愛みたいなもの。
だから、荻原くんの気持ちは私にはわからない。
荻原くんから感じる空気は、少女漫画の中のキャラクターやクラスの恋する女の子から時折感じたことがあるけれど、私自身は味わったことはない。
私も高校生になったのだからそろそろ恋愛感情を持つ時期なのかもしれないけれど、修ちゃんのことがあった今、とてもそんな気持ちにはなれなかった。
「芽依ちゃんは、何か質問ある?」
荻原くんが期待のこもった視線をこちらに向ける。でも、そんな目で見られても私は荻原くんの望む答えを返せそうになかった。
私が聞きたいことといえば、荻原くんの個人的な趣味なんかじゃなくて、もっと別の問題についてだから。
「……なんで、私のメールアドレスを知ってたんですか」
おずおずと聞いてみたけれど、荻原くんは顔色を変えたりはしなかった。
だからつい、矢継ぎ早に聞いてしまった。
「……なんで、あんなメールを送ってきたんですか? どこで私のこと知ったんですか? どうして……私、なんですか?」
そこまで言ったところで、チャイムが鳴った。
五時間目の予鈴だ。荻原くんはふっと目をつむると、ほとんど減っていないお弁当に蓋をして立ち上がった。
「じゃあ、続きはまた明日のお昼に、ね」
その言葉に、唖然としてしまう。
「え……! ……でも、今日だけ、って」
「またお昼休みに学校を抜け出したりしないか、心配だからさ」
また、お昼休みに。
昨日のことだ。放課後待ってるとメールしてきた荻原くんを無視して、私が外へ出ていってしまったから。
〝死んじゃ、だめだよ〟
荻原くんの言葉が蘇る。
「あ、あの……なにか勘違いしてるんじゃないんですか? 私、死ぬつもりなんか、ないんですけど」
そう、反論してみる。
けれど、荻原くんはただこちらを穏やかな目で見返すだけだった。
その視線が、本当に私の心の中を見透かしてくるみたいで、居心地が悪い。思わず顔を背け、手元のお弁当箱を見つめながら呟いた。
「……そんなことしても、意味ないです。だって駅なんて、その気になればお昼休みじゃなくても、いつでも行けるじゃないですか。学校に来るのだって毎朝電車に乗ってくるわけだし……。……私のこと心配だっていうなら、二十四時間私のこと見てるくらいじゃないと」
もし目の前に死にたい人がいたとして、それを力づくで止めるとしたら一日中見張っているしかない。
お昼休みだけ一緒にいたって意味なんかない。駅だけじゃない、人が死ぬことのできるタイミングなんてどこにだってあるんだから。
そう理解して、諦めてほしかった。
「それは難しいね」
荻原くんの言葉に、そっと顔を上げる。
荻原くんは顎に指を当てて、困ったように笑っていた。
「それでも、どうにかしたいって思うから、がんばるんだよ」
がんばる。
……どうして、そんな。
私の、ために?
わからない。なんで、私なんかのためにそこまでするの?
でも、今の荻原くんに聞いてみたとしても、答えは「好きだから」としか返ってこないような気がする。
だから、喉にぐっと力を入れて言葉を飲み込んだ。
消化されないままの疑問は、どこにも行けずにただ、胸の底に溜まってくばかりだった。