君の秘密を聞かせて
〝上、見て〟

 送られてきたチャットの通りに上を見上げてみると、三階の窓から手を振っている荻原くんの姿が見えた。

 先ほどのお昼休み、私は無理やりチャットアプリを入れられて荻原くんと友達登録させられていた。さっそく送られてきたメッセージに一瞬素通りしようかと思ったけれど、思い返して小さく会釈だけをして、そそくさと校門へと向かった。

 さっき、校内ではできる限りコンタクトを取らないでほしいとお願いしたばかりなのに。たぶんこのくらいならかまわないと思っているのだろう。

 でも私は、些細なことでも荻原くんと関わるのが怖かった。

 荻原くんと関わりがあることを、誰にも知られたくなかった。噂になってしまえばそれを話題に話しかけてくる人もいるかもしれない。どんな形であっても、人と関わることは避けたかった。どんな小さなことでも、友達ができるきっかけは作らない方がいい。

 修ちゃんにひどい仕打ちをしてしまった私には、この高校生活を楽しむ権利なんかないんだから。

「今の、カレシ?」

 後ろからポン、と肩を叩かれて、跳び上がりそうになった。

 振り返ると、下駄箱から走ってきたのか、息があがっている井上さんがいた。

 私は誰よりも早く教室を出るから下校の道でクラスメイトを見かけることは少ないのに。今日に限って会うなんてついていない。

 見返した井上さんは目を細めて、小悪魔みたいな表情で笑っている。

 カレシ、という単語の意味を遅まきながらに理解して、血の気が引いた。

「今の人、たしかD組の〝オギワラレン〟だよね。さっき教室に来てた」

 さっそく見られた。

 いや、荻原くんがお昼に教室に来た時点で、もう私たちに何かしらの繋がりがあることは知られているのだけど。手を振る荻原くんに私が合図を送る瞬間なんかを見られたら、私たちが友達か、それ以上の関係だと思われても仕方ない。

「か……彼氏とか、じゃないから」

「えー、隠さなくてもいいのに!」

 必死に否定したけれど、井上さんはまた明日ー、と言って走り去ってしまった。

 ため息が落ちて、足元の砂利道に染み込んでいく。

 井上さんはあまり人の噂話をするような人だとは思わない。だから私と荻原くんのことを積極的に言いふらすことはないと思うけど、それでもいつかはクラスの人たちに私たちの関係がバレてしまうように思えた。

 どんよりとした気分のまま、走っていく井上さんの後ろ姿を見つめる。

 向日葵みたいなその笑顔と、荻原くんの凪いだ海みたいな穏やかな笑顔。不意に、美男美女の二人の表情が重なった。

 井上さんの方が、荻原くんに似合ってる。

 なのに、どうして私なんだろう。

 私、どこで荻原くんに見られてたんだろう。

 なんで、私を……。

 疑問は頭の中で繰り返されるばかりで、誰もその答えを教えてくれようとはしなかった。


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