死んでも推したい申し上げます
気絶したヒューゴの処遇については、肉桂が計らってくれた。
雑木林を抜けた先の、夜道を走る適当な馬車をヒッチハイクし、手近な教会へ送り届けてくれるよう頼んだのだ。
初めは、肉桂の得体のしれなさ、異国の服、青白い肌に不信感を抱く御者だったが、肉桂の懇切丁寧な態度に「まあ送るだけなら」と渋々了承してくれた。
木の影から様子を見ていたローズマリーはいたく感心する。
「…さ、さすがですわ、肉桂様…。
わたくしだときっと怯えさせてしまうから、助かります…。」
グズグズの顔と体の花嫁が夜道に現れたら、普通の人間なら泡を吹き気絶するだろう。
「いいえ、このくらいは。
道士に“人には丁寧に接するよう”指導されていますので。」
その“道士”はさぞ出来た人間なのだろう。こんな素敵なキョンシーを造ってしまうくらいなのだから。
墓場への帰路を歩きながら、肉桂はローズマリーの無くなってしまった左腕を気にかける。
「…ローズマリーさん、やはり腕は治らないのですか?」
「そう、ですわね…。」
もう、治らない。自分がもう少し早く到着していれば防げたのに。
肉桂は責任を感じ、言葉を詰まらせてしまった。
そんな彼の様子に気づき、ローズマリーは慌てる。
「で、でも大丈夫ですわ!
わたくしの棲む霊廟の周りの灰と土を捏ねて“代用品”を作れますの!体に馴染むまで時間はかかりますが…きっと元のように動くはずですわ!」
確かに初めの頃も、体の残骸と土を混ぜていた。自分の馴染みある土を使えば体になり得るのだろう。
「ごめんなさい、ローズマリーさん。
私がもっと早く気づいていれば…。」
「いいえ!肉桂様がいけないことなんて、一つもありませんわ!
…きっとこれは、今まで隠し事をしていたわたくしに、ついに罰が下ったんですわ。」
「罰?」
“返すなら今しかない”。ローズマリーはそう思った。
こっそりパニエの中から不出来な一枚の符を取り出す。
その符に気づいた時、肉桂は当然ながら少し驚いた顔をした。
「…こちらこそごめんなさい、肉桂様。
もっと早くに打ち明けるべきでしたわ。
初めてお会いした時、わたくし…あなたの額の符をダメにしてしまって…。
これ、わたくしが見よう見まねで書きましたの…。でも上手くできなくて…。」
不恰好な漢字の並び。だが意味はしっかりと読み取れる。
ローズマリーから符を受け取った肉桂は、符に書かれた拙い文字をじっくりと見つめ、初めて会った時と同じように自身の帽子に貼り付けた。
空っぽな頭の中の霧が晴れていく。
そして、
「……ああ…。」
肉桂は大切な記憶を思い出した。