死んでも推したい申し上げます
三人の姿がすっかり小さくなった頃、ローズマリーが遠慮がちに肉桂を見た。
「……これで、良かったんですの?」
「ええ。道士は年に一度、仕事とは別に英国旅行をするので、また来年会えます。」
「…そ、それは楽しみですわね…。」
何だか永遠の別れのような雰囲気だったが、どちらかというと上京する孫と離れがたい祖父の心境だったのか。
もうひとつ、肉桂の額に貼り付けた符の意味を、ローズマリーは知らない。
「その符には、何て書いてありますの?」
「ああ、これは…、」
肉桂が符をペリッと剥がす。
剥がしたとたん、元の見慣れたぼんやりとした無表情が現れた。
符に書かれている、拙いながらも一生懸命模写したことが窺える、ローズマリーの筆跡。それを感慨深そうに見つめながら、肉桂は答えた。
「“勅令清多保重”。
意味は、“体に気をつけてね”です。」
それは道士の確かな親心であり、ローズマリーの(意味は知らなくとも)心の籠った文字列。
ふたつの意味に思いを馳せる肉桂とは違い、ローズマリーの心を打ったのはひとつだけ。
「肉桂さまは、家族に愛されてますのね。
ふふ、羨ましいですわ…。」
彼女は微笑みながらそう口にしたが、どこか寂しげな雰囲気だ。
「…あんなに心配したり、喜んだりしてくれる家族がいるのは、素敵なことですわ。
わたくしには何もなくて…独りですの。だから羨ましいんですわ…。」
死んで霊廟の石棺に納められて、間も無く夜を徘徊する怪物となってから、自分を訪れる家族は一人もいなかった。皆恐れていたのだ。ローズマリーが知らない存在になってしまったことを。
ローズマリーの体自体はだいぶ変異したものの、その心は生前と少しも変わっていないのに。
一時は彼女と家族になろうとしたオリバーでさえ、結局は彼女のもとを去り、遥か未来でその子孫が彼女の命を狙って現れた。
100年間知らないふりをしていた感情に、これ以上目を逸らし続けることが難しくなっていた。
言葉に詰まり下を向くローズマリー。
対して肉桂は、事もなげにこう言ってのけた。
「今は、私が家族ですね。」
「ギッ!?」
予想だにしなかった言葉に対して、思わずどすの効いた呻き声が出てしまう。
「…か、かか、家族って…!」
「これからもローズマリーさんを見守りたいですし、困っていたら力になりたいのです。
…これは、家族ではないでしょうか?」
肉桂の言う家族とは、血の繋がりも種族も関係ないのだろう。
傍に寄り添って、互いの身を案じて、楽しみや喜びを共有する。一緒にいて力を貰える。そんな存在。
「……よ、よろしいんですの?
こんな、わたくしなんかで…。」
「私はローズマリーさんが“好き”です。
ローズマリーさんは、いかがですか?」
肉桂も、ローズマリーも死者だ。
死者が死者に“恋”をするかは分からない。
きっとそこにあるのはもっとシンプルで、正確には言葉で言い表せない。
肉桂がローズマリーとの日々を大切に思ったのと同じ。
ローズマリーが肉桂の人形を延々と作ってしまうのと同じ。
「…わ、わたくしも……、お慕い、してますわ!」
“好き”にそれ以上の理由は不要だ。