きみがいる、この世界で。

彼が実はクラスメイトだということに気づいたのは、次の日のお昼休みだった。
お昼休み直前の授業でノート提出を求められ、チャイムが鳴ると同時に、各自が教卓へノートを提出しにいく。
少し落ち着いた頃、ふと前方を見ると、一人の男子生徒がノートの束を整えていた。

「あ、」

彼は間違いなく、昨日の。

「どうかした?」

昨日と同様、私の席で一緒にお昼ご飯を食べてくれている3人が、同時に首を傾げる。

「あの……今教卓に立ってノートまとめている子、何て言う名前?」

「ああ、高橋(たかはし)くん?」

隣に座っている奈々ちゃんが教えてくれる。

「高橋くん……」

「どうしたの、一目惚れでもしたの?」

「違う、そんなんじゃないよ」

加菜ちゃんの言葉を慌てて否定する。

「そういえば高橋くんも転入してきたばかりだよ」

「そうそう、お父さんの仕事の都合だったっけ?」

「先生がそんなこと言っていたね」

「そうなんだ……」

同じ転入生、ということだけで、何の繋がりもなかった彼に、少しだけ親近感を覚える。

「それで? どうして気になったの? 高橋くんのこと」

友梨ちゃんは手に持っていた紙パックの紅茶を飲みながら私を見た。

「気になったっていうか、なんというか」

高橋くんの、昨日の放課後の様子を思い出す。

もしかしたら自分の演奏を聴かれるのが嫌だったのかもしれない。
ただ彼の演奏に惹かれて音楽室のドアを開けてしまったけれど、ピアノは弾きたいけれど誰かに自分の演奏を聴かれることに臆病になってしまう気持ちは、私も知っている。

昨日の出来事を事細かに話すのもどうかと思い、「昨日の放課後バッタリあったんだけど、私、なぜか怯えられてたみたいなんだよね」と簡潔に話す。

友梨ちゃんたちは私の話に「ああ、そういうことか」とあっさり頷いた。

「高橋くん、耳、聞こえないんだって」

「え? 聞こえないって、聾者ってこと?」

「うん。転校前は聾学校に通っていたらしいよ」

「ここも、聾学校に入るまでの繋ぎらしいよ。だから1ヶ月しかいないんだって」

友梨ちゃんの言葉に奈々ちゃんが補足すると、「せっかく転校してきたのになんだか残念だよね」と、高橋くんの方を一瞥する。高橋くんはもうお昼ご飯を食べ終えたのか、机に突っ伏していた。

「だから昨日も、話せなかっただけだと思うよ」

「そうだったんだ……」

きっと驚かせてしまっただろうな。気がついたら知らない人が傍で自分の演奏を聞いていたんだから。

それにしても、耳が聞こえないのにピアノが弾けるってすごいよね……?

”愛の挨拶” は簡単な曲じゃない。少し練習したら弾けるようになる曲じゃない。それにペダル使いもすごく綺麗だった。


……やっぱり、彼のことが気になってしまう。
< 15 / 119 >

この作品をシェア

pagetop