きみがいる、この世界で。
すごく深い眠りについた気がする。やけにすっきりしたな、と感じながら、クセで左に寝返りをうつ。いつもなら壁に当たって壁の冷たい温度に気持ちよさを感じながら二度寝をするのに、壁はなく、抵抗する間もなくコロンとベッドの下に落ちた。

「痛い……」

触れ慣れていないふわふわのカーペットに触れて、ようやく思い出す。別世界に来たのだ、と。


昨日、九十壁で夕日が沈むのを見送った後、鈴木さんは私をこちらの世界に連れてきた。どんな特殊な能力を使ったのか知らないけれど、移動は目を瞑っている間のたった数十秒で終わり、気がつけば、これから1ヶ月間私の”家”となるこの部屋に来ていた。1LDKのこの部屋は鈴木さんが手配してくれたらしく、すごく広いわけではないけれど白が基調となっていて、清潔感がある。ちなみに鈴木さんは、隣の部屋に滞在しているらしい。

部屋の電気をつけて、ベッドサイドに置かれているデジタル時計を見ると、「5:07」と書かれている。カーテンを開けて外を見てみると、まだ薄暗い。喉がカラカラだったことに気づき、キッチンへ向かい、実家にあるのと同じぐらいの大きさの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。一気に喉に流し込むと、胃がキュルキュルと変な音を鳴らした。
二度寝しようと寝室へもう一度行くと、姿見の隣にかけられている制服が視界に入った。元の世界で通っていた高校と同じ、黒色のブレザー。リボンのは薄いピンク色で、いつもつけていた深緑色のものよりも華やかで可愛い。

後2時間半後にはこの制服を着て、学校に行かなければならない。

うまくやれるかな。
知っている人ばかりの空間は窮屈で仕方がなかったのに、知らない人ばかりの空間は空間で少し不安になる。
そもそも、友達の作り方さえ思い出せない。
……いや、いっそのこと作らない方がいいのかも。どうせ友達を作っても30日後には彼女たちの記憶から私は消えてしまう。やっぱり親しい関係を築かない方が良い気がする。

あれやこれや考えていると目がさめてしまい、二度寝は諦めて、予定よりもずっと早い時間にベッドから出る。「毎朝飲んでいるカフェオレ、冷蔵庫に入れておきました」という鈴木さんの心遣いに甘えて慣れた味を身体に染み込ませると、少しだけ心が落ち着いた。

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