S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす

「なあ、花詠──」


 彼がなにかを言いたげに口を開いた時、廊下から響く声が大きくなってきた。あの声はおそらく父だ。常連客と和やかに話しているのがわかる。

 エツもそれに気づき、まつ毛を伏せてくしゃっと頭を掻いた。


「……明日、ラヴァルさんを見送るまでよろしく」


 次いで出てきた言葉は当たり障りのないもので、肩から力が抜ける。たぶん彼が言いたかったのは違う内容なんだろうなと思いながら、「うん。今日はありがとう」と無難に返した。

 気まずさを残したまま、外へ向かって歩き出す彼の背中を見つめる。

 もしも、お互いの仕事や立場を抜きにして考えるなら。私はエツだったらどこへでもついていきたいし、逆に遠距離になってもいいから彼と恋人以上の関係になりたい。相手がエツじゃなければこんな風に思わない。

 それを伝えたら、彼はどんな反応をするんだろう。もどかしさで一杯になり、着物の袖をぎゅっと握りしめた。


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