S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
戸惑う私にお構いなしに、イレネーさんは「コレ、オ願イシマス」と布製のバッグを差し出してくる。さすがに受け取れず、遠慮がちに手の平を向けた。
「すみません。私にはちょっと……」
「話聞イテクレタノ、アナタダケ。トッテモ優シイ」
凛々しい眉を下げて切実そうに言われると、なんだか良心が痛む。とはいえ、簡単に引き受けられない。
旅館でお客様を相手にしている時のように、丁重にお断りする。しかし何度断ってもイレネーさんに諦めそうな気配はなく、「オ金、タクサンアゲマス」とまで言い出す始末。無意識に一歩ずつ後ろに下がるも、同じ分彼も距離を詰めてくる。
どうしよう、走って逃げちゃう? でも追いかけられたら怖すぎる。
ここが外国だというのがさらに不安を掻き立て、どうしたらいいかわからない。困ってるのは私のほうだ。誰か助けてぇ……!
心の中で情けなく救援要請を出したその時、私たちの横から誰かの手が伸びてきて、イレネーさんの手首をがしっと掴んだ。
「これは受け取れない。しつこいぞ」
滑らかな低い声、流暢な日本語。
耳に飛び込んできたそれに、神様を崇めるようにぱっと顔を上げた私は、息が止まりそうになった。