S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
「なにを渡そうとした?」
「……プレゼントダヨ。Souvenir(お土産)」
「なら、バッグの中身を確認してもいいよな」
そのひと言で、イレネーさんの表情が瞬時に変わった。これまでの陽気な雰囲気ではなく、今にも襲いかかってきそうな野犬さながらの険しいものに。
もしかして、この中身ってやばいものだった?
今さらながら危機感を覚えた直後、エツがもう片方の手をバッグに近づけようとした瞬間に、イレネーさんは急に動き出した。
自分のジーンズのポケットの辺りに右手を下ろし、そこからなにかを取り出そうとする。エツが即座に反応し、今度はその右手を掴んだ。
揉み合うふたりの間からイレネーさんの手に握られているものがチラリと見え、私は思わず「ひっ!」と息を吸った。
あれって……拳銃⁉ 嘘でしょ、こんな危険な状況に自分が居合わせるなんて!
エツはおそらく拳銃を奪おうとしているのだろう。身長はふたりとも百八十センチくらいで、力の差も同等くらいに感じるが、一歩間違えたら撃たれてしまうかもしれない。
「エツ、危ないよ!」
「いいから、離れろ!」
やや怒気を含んだ声が投げかけられるも、恐怖で足がすくんで動けない。周囲を歩く人々も異変に気づいたらしく、遠巻きにちらちらと視線を向けていた。