S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす

 ただ身を縮めて立ち尽くしていると、「グ、ゥアッ……!」と苦しげな声が聞こえてくる。エツが力一杯イレネーさんの手を捻っていたのだ。

 数秒後、痛さに耐えられなくなったのか、彼の手から拳銃が滑り落ちる。カシャン!と音を立てて地面に落ちた瞬間、奪われないようエツが足でそれを蹴飛ばした。

 のどかな広場に不似合いな武器が滑り、周囲から悲鳴が上がる。そしてその方向から、全身濃紺の服に身を包み、制帽を被った人が数人駆けてきた。

 あれはフランスの警察官、だよね? よかった、来てくれて……!

 心底ほっとしてエツのほうを見やると、彼もやや表情の険しさを緩めていた。小さく舌打ちをして、まだもがいているイレネーさんに悪態をつく。


「邦人を巻き込むんじゃねぇよ。俺の仕事が増えるだろうが」
「ッ……Merde(クソッ)!」


 イレネーさんは顔をしかめてフランス語で叫んでいた。悔しそうにしているのは一目瞭然だし、なにを言っているかはなんとなくわかる。

 エツって普段そうでもないのに、怒ると口が悪くなるところも変わっていないな……なんて懐かしむ間もなく、勢いよく駆けつけた警察官によってふたりが囲まれる。イレネーさんはすぐに拘束されるも、いまだに文句を言っていた。
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