S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
ラヴァルさんは快く通訳を引き受けてくれて、彼女の前にしゃがんで話し始める。どうやらさっき私に言ったのは『誰にも言わない?』という確認だったらしい。
ラヴァルさんと目を見合わせて笑顔で頷くと、レアナちゃんは胸に抱いていたうさぎのぬいぐるみをおずおずと差し出す。よく見ると、ぬいぐるみの白い服に赤紫色のシミができていて、そういうことかと納得した。
「誰かが置いていたワインをこぼしちゃったのね」
「これ、パパに買ってもらった大事なぬいぐるみなんだって」
彼女は瞳を潤ませてしゅんとしている。お気に入りのものが汚れて悲しいのと、怒られるんじゃないかという不安もあってここに隠れていたのだろう。
なにかをこぼしてしまうのは旅館でもよくあること。私はレアナちゃんににこりと微笑みかけ、ぬいぐるみを持つ小さな手に自分のそれを重ねる。
「大丈夫、なるべくシミが残らないようにしてあげる」
私のひと言に、ふたりはキョトンとした。私は姿勢を元に戻し、ラヴァルさんに尋ねる。
「どこか空いているお部屋はありませんか? ここだと皆に見られてしまって、レアナちゃんも嫌だと思うので」
私がなにかをしようとしていると察したらしい彼は小さく頷き、「わかった。こっちに来て」と言ってレアナちゃんを立たせた。