S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
本音を飲み込み、口角を上げてエツを見上げる。
「私のことは気にしないで。それより、現地に行くならエツも気をつけて」
言いようのない不安や寂しさを笑みで隠すと、彼はやや苦しげな表情をかいま見せ、私を引き寄せた。急に抱きしめられて鼓動が乱れる。
「……我慢ばかりさせてごめん」
耳元で響いたのは、珍しく弱気な声だった。心地よい腕の中で、私は目を見張る。
ほんの数秒でそっと身体を離した彼は、「また連絡する」と残して踵を返す。
「エツ……!」
思わず名前を口にしていたものの、彼は振り返ることなく部屋を出ていった。ぽつんとひとり残され、物寂しい静けさに包まれる。
きっとエツは、さっきラヴァルさんに言われたことを気にしている。私を海外へ連れていくにしても、離れて別々に暮らすにしても、どちらにしろ私に我慢させることになると申し訳なく感じているのだ。
私はエツが自己中な人だなんて思っていないし、仕事を辞めてほしいわけでもない。彼が外交官を続けるのは、私にとっても当然のことだったから。
自分が優柔不断なばかりに、彼にまで嫌な思いをさせてしまった。情けなくて、なけなしの自信はさらに削がれ、私は薄紅に汚れたハンカチをただ呆然と見下ろしていた。