S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす

『領事館は建物も防災対策もしっかりしてるだろうから、きっと花詠の彼も大丈夫よ。何事もなく帰ってこられるといいわね』
「うん……」


 私もそう信じて返事をしたものの、心の中には暗雲が垂れ込めていた。


 電話を終えてからすぐネットニュースを見てみたが、たいした情報は得られなかった。翌朝になってようやく、フランス国内では一日で一カ月分の雨量に近い大雨になっていると報じられた。

 昨日の朝、私がエツに送ったメッセージは既読になっているが、それ以降はなんの連絡もない。今朝も送ってみたものの、お昼を過ぎても既読にすらならない。

 漠然とした不安を抱きながら、とあるお部屋に夕食を運んでいた時、お客様が見ていたテレビに映し出されたテロップをたまたま目にして息が止まりそうになった。


【イル川が氾濫。日本人数名が安否不明】


 イル川はストラスブールを流れている川で、エツが住んでいたアパートがその辺りにあった。一気に胸が押し潰されそうになる。

 ……いや、きっと大丈夫。エツがその中に入っているだなんてこと、あるわけない。

 そう自分に言い聞かすも、さらに増した不安を消すことはなかなかできない。
< 220 / 245 >

この作品をシェア

pagetop