S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
「それまでひとりになるけど気をつけろよ。もう滅多にないと思うが、さっきみたいに近づいてくるやつには絶対に関わるな」
そう忠告しながら差し出されたのは、一枚の名刺。両手で受け取ったそれには日の丸のマークが描かれ、〝副領事 石動悦斗〟と記されている。
「なにかあったらすぐ連絡しろ。守ってやるから」
頼もしい言葉をもらえて、ドキンと胸が鳴った。
『領事館に来い』、『それまでひとりになる』ってことは、仕事の後も一緒にいてくれるって意味に受け取っていいんだよね?
名刺を持ったままぽかんとしていた私は、さっさと歩き出す彼にはっとして立ち上がる。
「エツ……ありがとう!」
明るい表情で、感謝を込めて声を投げかけると、彼は振り向いて少しだけ口角を上げた。
うそ、まさかこんな展開になるなんて。天国と地獄を行ったり来たりしているような今日だけれど、やっぱりガムランボールの力が発揮されているんじゃ?
こうなったら飛行機は欠航になってほしい……なんて願ってはいけないのだが、期待してしまう自分もいる。もし普通に帰れることになったら、運はそこまでだったと思うしかない。
運命がどう転ぶのか。チャリ、と音を奏でる小さな幸せのボールをそっと握り、私は遠ざかっていく彼の姿を見つめていた。