S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
「君だったのか。島田社長に無礼を働いたのは」
「ええ。でも俺は、間違ったことをしたとは思っていません」
エツはまったく怯まず、堂々と言い切る。ハラハラしっぱなしの私は、仲裁に入らずにはいられない。
「お父さん、エツは困ってた私を助けてくれただけなの。私がしっかり対応できてなかったから……!」
「彼が社長の機嫌を損ねたことには違いない。なんとか納得していただいたが、大事な顧客を失い兼ねなかったんだ。宿の評価にも繋がるし、君の行動は浅はかだったのだと理解してもらいたい」
私の言葉を遮って、父の厳しい声が響く。それでも、芯の強さを感じるエツの表情は変わらない。
「暮泉さんは、娘を守ることより宿の評判を取るんですか? ひぐれ屋はたとえVIPがひとり来なくなったとしても、それで困るような威厳のない旅館ではないと思いますが」
きっぱりと言い放たれた言葉に、私も父も目を見張って押し黙った。
エツは、ひぐれ屋がちょっとやそっとじゃ評価が落ちるような宿ではないと認めているのだ。そして、なにより私を心配してくれているのが伝わってきて、胸がじんとする。
はっとした様子の父も、それに気づかされたのだろう。しかし、頑固な父はそれで素直になるような人ではない。眉間のシワを濃くし、イラ立ちを抑えてため息を吐き出す。