S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす

 ──それから早くも一時間が経ち、私はほろ酔いでいい気分になっている。美味しいチーズと楽しいエツとの会話が、ワインをすいすい進めるのだ。緊張で酔えないなんて前言は撤回しよう。

 すっかり気が緩み、ソファにぐでんと背中を預けて満足げにため息をこぼす。


「街はおしゃれで可愛いし、料理もワインも美味しい~。ストラスブール最高~」
「じゃあ、ここにいれば? ずっと」


 ワイングラスを片手に流し目を向けるエツが、さりげなくドキッとすることを言う。

 いやいや、〝ストラスブールに〟という意味であって〝俺のそばに〟って言われているわけじゃないんだから、勘違いしちゃいけない。

 現実問題、これからも旅館で働かざるを得ない私に移住なんてできないのだし。


「無理言わないで。私はひぐれ屋から離れられないんだから」
「弟がいるだろ。あいつは旅館継ぐ気ないのかよ」


 私はグラスを口に運びつつ、考えを巡らせる。

 弟の(しょう)は二十歳の大学生だ。緩いパーマがかかった茶髪に、私より目鼻立ちがはっきりした顔立ちで、身長は百七十センチ後半。性格も明るく人懐っこいので、大型犬みたいな感じ。

 年が離れているせいもあってか、私はいまだに可愛いと思っているし憎めないやつなのだが、跡取り息子としては悩みの種だったりする。
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