S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
彼はぴくりと反応し、おもむろにグラスを置いた。そして私と同じようにソファに背を預け、表情は変えずに口を開く。
「この仕事するって決めた時から結婚は諦めてる。嫁になる人は、俺がいろんな国に配属になるたびついてこなきゃいけないからな」
「そっか……」
確かに、外交官は日本と外国を数年おきに行ったり来たりする仕事なのだから、ついていくにしても単身赴任にしても、奥さんは大変だろう。
私と許嫁の関係のままだったら、エツは外交官になる道を選べなかったかもしれない。もし祥が跡を継がなければ、両親は私と旦那様になる人に旅館を任せたいと望むだろうし。
「許嫁じゃなくなってよかったのかもしれないね、私たち」
ぽつりとこぼすと、彼の瞳が静かにこちらを向く。
「私は外国どころか他県にすら移住できなそうだし、エツも日本に留まっていられないでしょう。私がこうやって海外で自由にできるのは、最初で最後かも。……エツと、こんな風に過ごすのも」
私たちはどうなったって結ばれない運命だったのかもしれないと思うと、胸がしくしくと痛む。切なさを隠しきれない微笑みを浮かべ、まつ毛を伏せた。