S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
沈黙が流れた数秒後、ふいに頬になにかが触れて肩が跳ねる。驚いて隣に目をやると、彼が私の髪をそっと除けるようにして頬に手を当てていた。
優しい手つきと、どこか憂いを帯びた綺麗な瞳が、私の鼓動を乱す。
「……そんな顔して最後とか言うなよ」
「え?」
ひとり言のようにぼそっとこぼれた彼の言葉には、どういう意味が含まれているのか。急にうるさくなる心臓の音が邪魔して、ちゃんと考えられない。
ほろ苦く、甘い空気が漂い始めた気がして、ある予感を抱く。なんだか、私たちの関係が変わりそうな──。
次の瞬間、ほっぺをむにっと軽く摘ままれた。一気に夢から醒めたかのごとく、私は目をぱちくりさせる。
「うぃ⁉」
「なんでもない。ほら、こんなもんじゃないだろ。酒豪若女将の実力は」
「それはアルハラでは……」
エツはぱっと手を離し、空になった私のグラスにワインを注いだ。今しがたのカラメルのような魅惑的な雰囲気はどこへやら、あっさり普通に戻っている。
一体なんだったの? 今、エツがすごく珍しい表情をかいま見せた気がしたのに。
触れられた頬に無意識に手を当て、思いを巡らせる。しかし彼の考えがわかるはずもなく、私は無駄にドキドキしてしまって収まらない心臓を宥めるしかなかった。