S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
「これをあげた頃から、花詠は明るくてお転婆で、ちょっとバカなところもあって。若女将になんてなれるのかって心配してたけど」
「急に悪口」
いきなりディスり始めたなと口元を歪めるも、彼は凛とした笑みを湛えて私をまっすぐ見つめる。
「そういう無邪気さも、芯が強くて頑張り屋なところもお前の魅力だと思ってた。花詠なら旅館に来るたくさんの人を幸せにできる。これからも頑張れよ」
思いがけずエールを送られ、胸がじんと熱くなった。決して仲はよくなかったのに、ずっと見守ってくれていたような温かさが溢れている。
気を抜くと涙が出てしまいそうで、何度も瞬きをしてなんとか口角を上げた。
「エツは相変わらず頼もしかったよ。そっちも頑張ってね」
「ああ。気をつけて」
瞳を潤ませつつ精一杯の笑顔で返すと、彼も口元を緩めて軽く頷いた。
名残惜しくなるばかりなので、下唇を噛んでくるりと背を向ける。そのままゲートへと歩き出すも、まるでぬかるみを進むみたいに足が重い。
離れたくないよ。ふたりきりの楽しい時間を過ごしてしまったから、もう前のように距離を置ける気がしない。