S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
でも、こんな風に寂しくなっているのは私だけかな。エツは基本ドライな性格だ。今振り向いても、彼はさっさと帰っているかも……。
そこで立ち止まらずに、ゲートをくぐってしまえばよかったのに。未練がましく振り返った私は、その場から動かずに見届けようとしている彼の姿を捉えて目を見張った。
心の中でなにかが弾けたような感覚を覚えたその瞬間、自分でも理解できない行動を起こしていた。
勝手に動き出した足は、ゲートではなくエツのほうへ。彼に駆け寄って腕を掴み、背伸びして顔を近づける。
彼の頬に自分の頬をくっつけ、チュッとリップ音を立てた。これがビズというフランス特有の挨拶だとCAの友達から教わったが、うまくできただろうか。
踵を床につけると、目を丸くして固まっているエツが映る。彼がこんなに驚きを露わにするのも珍しい。
「昔も今も、たくさん助けてくれてありがとう」
言い忘れていた肝心のお礼を口にして微笑んだ。触れ合った頬がじんじんと火照りだし、一気に恥ずかしさに襲われる。
「せ、せっかくだからしてみたくなったの、フランス流の挨拶。じゃあね!」
衝動的な行動に自分で戸惑いつつ、今度は忙しなく手を振ってそそくさと引き返す。どうしてこんな大胆なことをしたのか、本当に意味がわからない。