S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
アプリの地図を見てルートを確認していると、とある建物の名前が目につく。
〝在ストラスブール日本国総領事館〟。旅行や仕事で海外を訪れた際、なんらかのトラブルが起きた時にとても頼りになるところであり……私の許嫁だった彼が働いている場所。
「今、すぐ近くにエツがいるんだなぁ……」
フランスでは珍しいアイスカフェラテをストローで吸い上げ、ぽつりとひとり言をこぼした。
約七年前、エツもとい石動悦斗が外交官としての道を歩み始めてから今まで一度も会っていない。許嫁というのは昔の話で、子供の頃に親同士の仲が決裂して以来、結婚の約束は自然消滅した。
両親はことあるごとに石動家を目の敵にしているが、それはあちらも同じ。その中で育った私とエツも、いつしか犬猿の仲となっていた。
……でも、私の心にはずっと彼が棲みついている。悔しいことに。
ストラスブールに行こうと決めたのは、ドイツっぽさのある美しい街並みを見たかっただけじゃない。この地にエツがいるからだ。
別に会おうと約束しているわけではないし、連絡を取る気もない。ただ、彼が見ているのと同じ景色を見て、同じ空気を吸ってみたかった。万が一奇跡が起こったら、偶然会えるかもしれないし……。