S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
「旅館で働けばずっと棗ちゃんといられるのに、あの子はなんで渋ってるんだろうね」
「うーん……やっぱり最初から進む道が決まっているのは複雑なんじゃないですかね。プレッシャーもあるって弟が言ってたし」
「弟くんは、跡を継ぐかどうかってもう決めてるの? 棗ちゃんたちのお父さんって『ヒトツヤナギ』の社長さんだよね」
棗ちゃんもわが家と同じ家族構成なのだが、実は彼女も旧華族の末裔である。一族が昔暮らしていた屋敷の旧一柳侯爵邸は、レストランや資料館として利用されていて全国的にも有名だ。
彼女のお父様はそこの支配人でもあり、経営者でもある。弟くんは私たちと同じ学校に通っていて、この春大学一年生になったばかり。跡継ぎ問題はどうなっているのか、わが家と境遇が似ているのでとても気になる。
棗ちゃんは少し視線を宙に向け、おおらかな調子で答える。
「まだ決めてはいないみたいだけど、継がなくてもうちの両親は責めないと思います。『自分の好きなことをしなさい』って言ってくれているから、私もここで働いていられるんですよ」
「なんて寛大なご両親……!」
旧華族ともなるとこういった問題はシビアな気がするけれど、きっと子供思いの素敵なご両親なのだろうと感服した。棗ちゃんがこんなにいい子に育ったのも頷ける。