S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
本来なら棗ちゃんも旧一柳邸で働くのが自然なのだが、嬉しいことにひぐれ屋の茶房をとても気に入ってくれて、ここで働きたいとご両親に直談判したのだそう。
うちの親は子供が跡を継ぐのが当然だと思っていて、祥とはこれまで何度も対立してきた。私ももちろん祥とひぐれ屋を守っていけたらいいなとは思うけれど、もし本気でやりたいことが見つかったなら、そちらの道へ進むのを応援したい。
ただ、その場合は私がお婿さんをもらわなければいけなくなりそう。本当に好きな人とは結ばれない運命まっしぐらだ。
またエツの顔が脳裏をよぎり、ため息をつきたくなった時、棗ちゃんが含みのある笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでくる。
「祥くんが跡を継いでくれたら、花詠さんだって嬉しいですよね。外交官の妻になる選択だってできるんだし」
今度は彼女が私に耳打ちした。その途端、ぽっと頬が熱くなる。
私も彼女にだけはエツが好きなのだと打ち明けている。でも、急に妻とか言われると動揺が隠せない。
「んなっ、棗ちゃん心読んでる!? その通りだよ!」
「花詠、仕事しなさいっ!」
棗ちゃんの肩を叩いて本心をさらけ出す私と、騒いでいるのを見つけてにょきっと角を生やした母に、彼女はあっけらかんと笑っていた。