S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
それから一時間が経った午後四時、帰宅してきた祥が銀鼠の着物に紺色の羽織をまとい、お客様をお出迎えし始めた。
午後六時から順々にスタートする夕食の準備で仲居さんはてんやわんやなので、会場の確認やお客様の対応は私たちがする。臨機応変に食事を運ぶのも手伝うし、この時間はいつも慌ただしい。
そんな中私は、先ほどチェックインしたお客様のお部屋へ向かっていた。手にしているのは食事ではなく、濡らして冷蔵庫で冷やしておいたタオルだ。
お声をかけて扉を開けると、二十代の男女がくつろいでいる。丁寧に挨拶をして、女性のほうに濡れタオルを差し出す。
「上原様、よろしければこちらをお使いください。目を冷やすとかゆみが抑えられますので」
そう言うと、彼女は目を丸くして驚きを露わにした。
「えーありがとうございます……! 花粉症ってわかったんですか?」
「チェックインの時から目真っ赤にしてたもんな」
気の毒そうに笑うお連れ様の男性が言う通り、チェックインする時に目をかゆそうにしていたので、すぐに花粉症だとわかった。少しでも快適に過ごしてもらうためになにかできないかと思い、これを持ってきたというわけだ。