S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
「冷蔵庫で冷やしてお使いください。ひぐれ屋の温泉はぬるめで、肌への刺激も少ないのでかゆみは抑えられますし、安心してご入浴できるかと思います」
熱すぎる温度だと余計かゆくなってしまうけれど、その心配はないことを伝えると、ふたりはほっとした笑みを浮かべた。
「お気遣い、すごく嬉しいです。わざわざありがとうございます」
何度もお礼を言うふたりに、私もほっこりした気分で部屋を後にした。
ロビーに戻ってくると、カウンターの奥に忍ばせているファイルを取り出す。これは私だけの特別なアイテムだ。
若女将の仕事を始めてから、お客様の顔や、どんな面子で来ていたかくらいは自然に覚えられるようになった。さらに、そのお客様の名前と、なにを話したかなどをメモしてファイリングしておくようにしているので、見返すとわりと人物像が蘇ってくる。
今も、忘れないうちに上原様の名前と、花粉症の情報を書き加えておく。こうしておけば、次回また来館された時に思い出してもてなすことができるから。
こういったアレルギーはもちろん、記念日もわかった方はメモしている。サプライズでケーキをお出しすると喜んでもらえるのだ。
少しでもお客様ひとりひとりに合ったおもてなしをしたいと思って自分なりに始めた習慣だが、なかなか役に立っている。