S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
午前十時半、宿泊客のチェックアウトは十時までとなっているので、ここからチェックインが始まるまでは少しひと息つける時間だ。
茶房だけは午前十一時から営業しているので例外だが、仲居さんはたすき掛けという勤務でこの時間はおらず、私も適宜休憩を取っている。
清掃のスタッフがてきぱきと動いている中、私はロビーに飾ってある生花を手入れして、ため息交じりにひとりごちる。
「どうしたらあの頑固オヤジを説得できるんだろ」
「口に出てますよ、花詠さん」
ちょうど出勤してきた棗ちゃんが、苦笑しながら私にツッコんだ。昨日は堪えたのに、目の前に本人がいないと口が緩くなってしまう。
私は色が悪くなってきたアルストロメリアの一番花を摘み取り、残っているつぼみの二番花を交互に眺めて口を開く。
「棗ちゃん。お花ってさ、長持ちさせるには古くなった部分は取り除いていくじゃない? このひぐれ屋にもそういう思い切りが必要だと思うのよね」
「うんうん……えーと、なんの話ですか?」
へらっと笑って首をかしげる彼女に、時間の許す限り昨日の話を愚痴ろうとした、その時。玄関のガラスの扉が開き、誰かが入ってきた。