S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
母の眉もぴくりと動き、こめかみには怒りマークが浮き上がっているような気がする。
「……そうね。石動グループには歴史ある高級宿はありませんもんね。聞いた私がバカだったわ」
口角だけを上げて目は全然笑っていない母は、ぶつぶつと嫌味には嫌味で返す。これは女将魂に火がついてしまったのでは……。
「上等です! しっかりもてなして差し上げましょう。ひぐれ屋の底力を舐めてもらっちゃ困りますからね!」
母はキッとエツを睨み、鼻息荒く宣言した。お腹の前で手を重ねた姿はシャキッとしているけれど、その手にも肩にもかなり力が入っているのがわかる。
一方、エツは余裕の笑みを浮かべ、「楽しみにしています。では」と軽く頭を下げた。
一度意味ありげに私と目を合わせて去っていく彼を、複雑な心境で見送る。私の隣では、母が女将とは思えない険しい形相をしていた。
「悦斗くんがあんなに口達者な子だったとはね……。そりゃあ花詠も言い合うわけだわ」
「あ、あはは」
まさか裏があるとは言えず、苦笑するしかない。母は演歌歌手のごとく拳を握り、メラメラと闘志を燃やす。