S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
『経営は手こずっているようですが、宿のクオリティーは保たれているようで安心しました。よかったですね。今回のおかげで、暮泉さんが大好きな〝ひぐれ屋の評判〟ってやつに繋がるかもしれませんよ』
しっかり嫌味をつけ加えていた彼に、私がまた苦笑しつつ頭を抱えたのは言うまでもない。絶対、学生時代のあの一件を根に持っている……。
宿を紹介してもらえるのはいい話なので、わりと穏便に打ち合わせをしていた父も、この時ばかりは『本当に嫌味な男だな、君は!』と本音を返していた。
父も今回の件についてはエツに感謝しているはずなのだが、簡単に素直になるような人ではない。今も、仏頂面をしてぼそっと言う。
「石動の人間は、きっとウチが落ち目になっているのを鼻で笑っているだろう。悦斗くんも情けをかけただけかもしれない。……屈辱だ」
「エツは単純にひぐれ屋を評価してくれているんだと思うよ。じゃなきゃ、大事な要人に紹介なんてしないでしょう」
彼はこうも言っていた。『ラヴァル氏は父親がフランス公使を務めていたこともある政治家一家です。今回は外遊ではなくただのプライベートな旅行ですが、日本の外交にとって重要な人物でもあることをご承知おきください』と。
そんなに重要な人を宿泊させるのに、ひぐれ屋は相応しいと判断してくれたのだ。他意はないはず。