@love.com

(2)

「どうしたの、その顔?」

「ちょっと、コンタクトがズレちゃって」

 オフィスに戻った千真は、財田(たからだ)風吹(ふぶき)にいきなり真っ赤に腫れ上がった目を指摘された。
 風吹は経理部の頼れる姉御肌の先輩だ。部長補佐という役付のため、旭と行動する機会が多く、よくふたりで話をしているのを見かける。羨ましい立ち位置だが、ふたり並んでも釣り合いが取れているので、僻まれることは多くない。どちらかといえば、風吹も憧れの対象に入るほどだ。

 千真は、へへ、と苦笑いを浮かべて返事をするも、気が気ではなかった。
 駿介に、とんでもないことをしてしまった。そして、それを旭にも見られてしまった。
 よく考えなくとも同じ部署なので、もうあと間もなくすれば、ふたりはオフィスに戻ってくるだろう。……帰ってもいいかな。

「……っ、あー」

 最悪だ。どうしてあんな子供じみたことをしてしまったのか、自分でも判らない。
 駿介に腹が立ったのは事実だが、いくら腹が立ったとはいえ、先輩である。やっていいことと悪いことの区別くらい、すぐにつくはずなのに。

「お疲れさまでーす」

 そうして千真が悶々している間にも、時間は過ぎていく。誰かの声に顔を上げれば、旭と駿介が入ってきたところだった。
 千真は慌ててパソコンで顔を隠し、デスク上の書類を広げ、電卓を弾いた。

 せめて、仕事だけは文句を言われないようにしよう。
 小さく心に決めて、なるべく顔を上げないように下を向いて仕事を進めた。
< 12 / 64 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop